日本経済新聞といえば、日経平均株価を算出する巨大経済メディアであり、経済ジャーナリズムをリードする役割を担っている。当然、政府や日銀の経済・金融政策について、是々非々の立場で客観的に報じなければならない存在だ。しかし、この3か月ほど、同紙の紙面は“アベノミクス礼賛”に熱心すぎて、あまりに偏っているという声が上がっている。
安倍政権の賃上げ要請が注目された春闘の一斉回答を報じる3月14日付朝刊では「『賃上げ』物価目標超え 年収増、相次ぎ2%上回る」といった見出しが躍り、次のように報じた。
〈組合要求の年間一時金約205万円に満額回答したトヨタ。定昇維持分と満額回答の年間一時金を合わせると、組合員平均で5.5%の年収増になる〉
あたかもアベノミクス成功の鍵となる賃上げが各社で相次いでいるような印象を与えるが、そうではない。
確かに今回の春闘ではトヨタをはじめボーナスアップが相次いでいるが、それは一時金が上がっただけ。年齢や勤続年数に応じて自動的に昇給する定昇部分は現状維持であり、基本給を底上げするベースアップ(ベア)まで踏み切る企業は数えるほどしかない。常識的に考えれば、これでは「賃上げ」とはとてもいえないだろう。
4月1日に日銀が発表した企業短期経済観測調査(短観)でも、日経の同日夕刊は、〈製造業 景況感が改善〉〈大企業、3四半期ぶり〉〈円高修正・株高で〉とアベノミクスの成果を強調したが、「業況判断の数値は市場予測よりも低く、中小の製造業では前回調査よりも悪化しており、決して大喜びできる内容ではなかった」(エコノミスト)という。
元日経新聞記者で産経新聞社特別記者(編集委員兼論説委員)の田村秀男氏が喝破する。
「日経は近年、金融緩和に対してネガティブな論調で紙面展開してきたが、ここにきて大胆な金融緩和を推進するアベノミクス礼賛の論調を前面に押し出すようになった。あれだけ金融緩和の効果に懐疑的な白川(方明)前総裁の施策を支持してきたのに、黒田(東彦)新総裁に代わった途端にコロッと転向してしまった」
振り返れば、日経は白川前総裁時代、過度な金融緩和による副作用や無効性を主張し、次のような批判を繰り返してきた。
〈仮に中銀が国債を過剰に買い入れれば膨大な通貨供給量が高率インフレを呼ぶ〉
〈将来のインフレ懸念の強まりから逆に債券市場にはネガティブに働いて金利上昇要因になる〉
〈低い潜在成長率の下でバブル景気を生み出したところで長続きはしない。その後は、バブル崩壊という、いつか来た道に逆戻りする可能性が高い〉
1月16~21日には、4回にわたって「安倍政権経済政策への課題」というテーマで「経済教室」欄に論文を掲載し、アベノミクスに懐疑的な論陣を張っていた。
ところが、その直後の1月22日に政府と日銀の共同声明が出て、株価が反応して大幅に上昇すると、あっさり“転んだ”のである。
「日経は『マーケット新聞』であり、株価が上がると読者も増える傾向がある。読者がそれを期待し、評価している以上、株価が上がるような政策は評価せざるを得ない側面もあります。
ただし、本当に転向したのであれば、アベノミクスでデフレ脱却が本当にできるのか否かなど、これまでのデフレの原因を検証する責任がある。しかし、残念ながらそういう視点は現在の紙面からは見えてきません」(田村氏)
日本経済をリードする新聞の論調が、時々の権力に寄り添ってコロコロと変わるようでは、読者は混乱するばかりである。
※週刊ポスト2013年5月24日号