高齢化社会を迎えた日本が抱える大きな問題の1つが医師不足である。現在、日本の医師の数は29万5079人(2010年末)。人口10万人に対して230人という割合は、欧米先進諸国と比べて最低レベルにある。しかし、これを解消しようとしてきた結果、今、新たな懸念が生じている。
『バカ学生を医者にするな!』(毎日新聞社刊)の著者で長浜バイオ大学の永田宏教授が、こう指摘する。
「医師不足の切り札として、2008年度入試から大学医学部の定員を大幅に増やした結果、医師になるハードルは年々下がっています」
2007年に7625人だった医学部定員は、2013年度に9041人にまで増加している。しかし、実は昔から、医師国家試験の合格率は90%前後で推移しており、ほぼ変わっていない。つまり、医学部さえ出ればほとんどが医師になれるのだ。
18歳人口からみても、1960年には18歳の人口200万人に対し、医学部の定員は2840人。704人に1人しか医師になれなかった。しかし、2012年になると、132人に1人はなれるのである。
さらに、医師不足の地域格差を解消するため、大学は、卒業後の一定期間は地元で医師をすることを条件に奨学金を出す「地域枠」を増やした。
「事実上の推薦入試です。しかし、普通に入試で合格する優秀な学生は都会に出るので、定員割れを起こしている。必然的に入ってくる学生のレベルが低く、関係者が頭を痛めています」(永田氏)
定員増とともに、医学部の偏差値も下がり始めているという。永田氏が続ける。
「AO入試や推薦で学生を確保して定員を埋めるので、見かけ上の偏差値は高いままです。しかし、実際には偏差値60を切る医学部というのはすでに出ています。熾烈な受験戦争を勝ち抜いた団塊ジュニア世代の学生と比べると、かなり“劣化”しているのは間違いない」
そうやって入ってきた学生の質の低下は、やはり問題視されているようだ。2011年、全国医学部長病院長会議の調査によれば、「学生の学力が低下している」と回答した医科大・大学医学部は93.8%にも上る。対策として、多くの大学が1年次に高校の生物などの補習を行なっているという。
「理系の受験生は、医学部に通らなくても、理学部か工学部にと考えている。そのため、受験でつぶしがきく物理か化学を専攻している受験生がほとんどで、本来、医学の基礎である生物学の知識がないまま医学部に入学する。つまり、元々医師になりたいと本気で思っていたわけではないのです」(永田氏)
※週刊ポスト2013年5月31日号