オンライン通販のアマゾンで商品を買ったことのある人ならお気づきだろう。購入履歴のデータから、類似商品や派生商品の「おすすめ」が表示されていることを。
ネットショッピングを頻繁に利用するという都内在住の会社員(40代・食品メーカー)がいう。
「確かに自分の好きな本のジャンルなどを探してくれて、『次はこれを買いませんか?』と勧めてくれるのは手間も省けてありがたいのですが、それほど気分のいいものではありません。自分の趣味嗜好がすべてデータで取られていると思うとなおさらです」
こうして知らず知らずのうちに個人情報が収集されているのは、ショッピングばかりではない。スマホを持ち歩けば通話履歴や位置情報が、交通系ICカードで電車に乗ったりETC搭載のクルマの運転をしたりすれば移動場所や距離が、レストランでポイントカードを提示すれば何を食べたのか……。日常生活でありとあらゆる個人行動が特定される時代となった。
これまで眠っていた大量の個人情報、いわゆる「ビッグデータ」を経営に活かそうとする動きは、急速に広まっている。
野村総合研究所の調査によれば、売上高200億円以上の企業のじつに6割がビッグデータの活用を前向きに考えていると回答した。2011年度にわずか1900億円だった市場規模も、2020年度には1兆円に達するとの予測が出ているほどだ。
だが、情報を扱われる側の生活者にとっては、甚だ気がかりなことも多い。それが個人情報の漏洩に伴うリスクである。
5月27日に発表された日立製作所と博報堂の「ビッグデータで取り扱う生活者情報に関する意識調査」でも、41.5%の生活者が「不安が期待より大きい・やや大きい」と答えている。女性を中心に訪問販売など迷惑行為や犯罪行為への不安を抱く声まであり、「企業や条件に関係なく、利活用は認めない」という生活者が1~2割程度存在する現状も浮き彫りになった。
利便性が膨らむ一方で、プライバシーの管理方法が問われているのだ。果たして生活者の抵抗をなくすことはできるのか。ITに特化した専門紙『東京IT新聞』編集長の西村健太郎氏が解説する。
「匿名化の方法も含めて、プライバシー保護のルールはまったく整備されていないのが現状です。総務省は2017年に監視機関の設置を検討し、データの二次利用を認める個人情報を消費者自らが選択できる仕組みを導入する動きもありますが、具体的な策は打ち出せていません」
このままでは、せっかく高い設備投資をしてビッグデータを収集しても、消費者の合意を得られなければ信頼性のおける正確な統計は取れない。西村氏は、そもそも企業の打算に溢れたビッグデータの活用方法にも疑問を呈する。
「ビッグデータはあくまで企業のマーケティング活動のために収集されているものですが、あまりにも金儲けの目的が強く出過ぎているから、生活者に何のメリットもないと思われてしまう。もっとデータの分析により、こんな商品が開発できるとか、ひいては社会のために必要なんだと示して欲しいですよね」
活用予定企業の中には、「莫大なデータは溜まっているが、ここから何が分かるのか?」とシステムメーカーに駆け込む担当者がいるという。データの使い道や目的が定まらないのに、消費者のプライバシーなど守れるはずもない。
「いくら“ビッグなデータ”が集まっていても、統計分析やIT知識に長けたデータサイエンティストと呼ばれる人材が育たなければ何の意味もありません。企業にとって価値のある結果を抽出してこそビジネスチャンスが生まれるのです」
2011年後半から突如叫ばれ出したビッグデータ革命。しかし、普及期の今つまずけば、宝の持ち腐れで終わってしまいかねない。