歯車の逆回転が加速する中国では、国民の不満を外に向ける「愛国無罪」の乱暴な外交戦略さえ迷走し始めた。沖縄県尖閣諸島をめぐる日中の「政冷経冷」状態のきっかけを作ったのは、昨年8月に尖閣諸島に強行上陸した香港の民間団体「香港保釣行動委員会(保釣委)」だった。
その顧問を務め、資金を提供してきた黒幕的存在の実業家、劉夢熊氏は、政界元老や各界著名人が名を連ねる中国人民政治協商会議の元委員であり、尖閣上陸事件当時、中国でヒーロー扱いされたが、その立場は今、急転している。今年2月、香港当局により「不法出境」の罪で起訴されたのである。裁判を待つ身の劉氏が、ジャーナリストの相馬勝氏のインタビューに応じた。以下、劉氏との一問一答。
──起訴理由は何か。
「昨年8月12日、保釣委の船『啓豊2号』が香港海事処の制止を振り切って不法に香港の境界線を出たことです。私は保釣委の顧問を務め、釣魚島(尖閣諸島の中国名)上陸のために100万香港ドル(約1200万円)を提供したため、その不法行為に関わったとされたのです」
──違法行為があったのなら起訴も止むを得ないのでは?
「それは違う。釣魚島は日本が不法占拠しているが、もともと中国領だ。保釣委の活動は中国の国家主権と国益を守るものであり、純粋に愛国的だ。その証拠にメンバーは『愛国英雄』『愛国勇士』として、香港のみならず中国大陸でも称賛された。それなのに私を罪に問うというなら、香港政府は中国ではなく日本に協力していることになる。私は『愛国有罪』にされたのだ」
──保釣委の過激な行動は必ずしも中国人の多数の支持を受けていないのではないか。
「私は昨年12月、北京で開かれた尖閣諸島に関するシンポジウムに香港人としてただ1人出席し、基調講演を行なった。会議には中国人民解放軍の上将が3人、中将は5人、少将が100人以上出席。私は彼らから『あなたの名前は中国内で知れ渡っています』と称賛されました。私は中国人の意見を代表し、中国政府の立場を代弁している」
──中国政府はあなたを都合よく利用したのではないか。
「それは違う。私たちの行動によって日本政府は釣魚島を国有化し、それに対して中国政府は海洋局の監視船を出動させるなど対抗措置に出た。中国政府は私たちと歩調を合わせているのです。その証拠に、この件では正式な裁判は行なわれない見通しです」
※SAPIO2013年6月号