出版不況がさけばれる昨今、書店の数は激減している。しかし、新宿における紀伊國屋書店の存在感は昔も今も変わらない。書店のルポルタージュをライフワークにしている永江朗氏(55)に、店内を案内してもらいながら、紀伊國屋の歴史や、新宿での同店の役割について聞いた。
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JR新宿駅から歩いて5分。紀伊國屋新宿本店の正面入り口は、街のメインストリートである新宿通りに面している。約束の時間の少し前、交差点を渡ってくる雑踏のなかに、永江朗氏の姿をみつけた。『新宿で、85年本を売るということ』(メディアファクトリー新書)の著者でもある永江氏に、紀伊國屋書店から見える新宿の風景についてまず聞いた。
「オープンから85年。紀伊國屋さんには文化人も多く集まります。お向かいの新宿中村屋さんも、かつては文化人のサロン的な場所で、初代紀伊國屋書店社長の田辺茂一さんも常連でした」
新宿本店の入り口にはスタッフたちが「出店」と呼ぶ販売ブースがある。新刊や話題の本が並び、ノボリやポップが賑やかに飾り付けられている。
「ここでは本以外のこともよく尋ねられるそうです。“末廣亭ってどこですか?”とか(笑い)。書店というより、新宿という街の案内役ですね」(永江氏)
1964年に完成した現在の紀伊國屋ビルは、1階部分に裏まで通り抜けられる通路を作るなど、斬新なデザインで話題を呼んだ。この通路の両側には革製品の専門店やメガネ屋など様々な業態の店舗が軒を連ねる。『紀伊國屋ビル 名店街』である。
「このビルを建てるのに資金的にかなり苦労して、それを補填するために書店以外のテナントに入ってもらったそうです。でもそれが逆によかった。ここに来れば本だけではない様々な商品、文化に触れることができますから」(永江氏)
1927年に創業した紀伊國屋書店は、現在日本全国に65店舗、海外に24店舗を展開する押しも押されもせぬ業界のリーディングカンパニーだ。そんな老舗には著者がふらりとやって来ることも多いといい、2階にはサイン本だけを集めた棚もある。また、2階売り場の奥では、コンシェルジュと呼ばれる案内役のスタッフが、取り扱う書籍についてはもちろん、複雑にジャンル分けされた売り場のことについて臨機応変に応えてくれる。
エスカレーターで3階に登ると、「この階で注目したいのが“Life堂”です」と永江氏。レジ前の展示スペースに展開されているLife堂は『文化系トークラジオ Life』(TBSラジオ)という番組に関連付けた本を集めたスペース。本屋の枠を超え、他ジャンルとの結びつきを大切にする紀伊國屋ならではのコーナーだ。
「この10年くらい、保守本流のイメージだった紀伊國屋が少し変わってきています。若い人の企画が実現するようになったというか、面白そうだからやってみようという雰囲気がありますね。そのひとつがこのLife堂です」(永江氏)
【プロフィール】
●ながえ・あきら/1958年、北海道生まれ。法政大学文学部哲学科卒。フリーライター。デビュー作『菊池君の本屋 ヴィレッジヴァンガード物語』以降、一貫して書店をルポしている。著書多数
※週刊ポスト2013年6月14日号