2010年度に450万台だった扇風機の出荷台数が翌2011年度には一気に650万台にはね上がった。節電意識の高まりで拡大した扇風機市場にパナソニックは羽根の見えない扇風機「スリムファンF-S1XJ」で挑んだ。
2011年9月。パナソニックグループの組織改編で新秀樹は、それまで在籍していた三洋電機から、パナソニック エコシステムズ社の健康空質ビジネスユニット(BU)への出向を命ぜられた。
三洋電機在籍22年。近年は扇風機の商品企画に携わってきたが、「これまで培ってきた経験を新職場でも活かすことができるだろうか──」と、不安も大きかった。
その新の元に空気や水の流体に関するスペシャリストである若手技術者の小田一平が、ノズルから風を吹き出すファンユニットを持ち込んできた。空気の吹き出し口のそばに圧力が変化する穴を設けることで空気の向きを左右に揺らすことができる「流体素子技術」の応用例だった。
小田は、このユニットの構造をドライヤーなどに応用できるのではないかと、新に持ちかけたが、そのユニットを見た新は別のことを考えた。
「この技術を扇風機に応用すれば、これまでにない新しい扇風機ができるのではないか?」
新のリクエストに小田は素早く反応した。そして、ぐっとコンパクトにしたユニットに切り込みを入れたポールを乗せた試作機を拵えてきた。その瞬間、新は、その斬新さに目を見張った。
「一見扇風機には見えないスマートなスタイル。これならリビングにおいても映えるはず」
そう確信した新は、BU長の林勝成に商品化を提案、了解を得ることができた。羽根部は、本体のスタンドに内蔵した、羽根の見えない扇風機。しかもパナソニックとしては初めての縦型。会社も自分も従来の常識を変えるチャンスになるかも知れない―。
だが、難題もあった。縦型にした場合、どれほどのパワーが必要で、空気をどのように放出して部屋の中に巡らせるかが未知数だった。コンピュータを駆使したシミュレーションによる検証が始まった。
すると下からモーターで空気を吹き上げる方式では、上下の吹き出し口で風量に差が出てしまうことがわかった。これでは扇風機本来の体をなさない。そこで下側は吹き出し口を小さく、上は大きくすることで、どの口からも平均して同じ風量を保つようにするなどの工夫を施した。
開発は順調に進んだ。特にデザイナーはいつになく積極的だった。従来に無かった新しいスタイルに挑戦できることを喜んでいるかのようだった。
2013年5月『スリムファン』は、家電量販店の店頭に並べられた。多くの販売店スタッフから「パナソニックブランドからこういう商品が出てくるのを待っていました」と賞賛の声が続々と寄せられ、売れ行きも好調だ。
「開発に携わったすべてのスタッフが、問題解決に労力を惜しまずに立ち向かっています。自分のできることをすれば結果は出る。そう信じていました」
■取材・構成/中沢雄二(文中敬称略)
※週刊ポスト2013年6月7日号