手軽なカップ麺に押されてピーク時の半分以下に市場が縮み停滞していたという即席袋めん市場。ところが、一昨年末に東洋水産の「マルちゃん正麺」が発売されて以来、袋めん市場が再び活況を見せ始めている。「マルちゃんショック」と呼ばれる衝撃を与えた東洋水産の「マルちゃん正麺」について、五感・身体と社会の関わりをテーマに、五感生活研究所代表として取材や多くの講演を精力的に行う作家の山下柚実氏が、その秘密に迫った。
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2011年11月、即席袋麺「マルちゃん正麺」が東洋水産から発売されると、市場はどよめいた。発売直後から消費者の反響はすさまじく、同社は製造ラインを3倍に拡大して対応した。発売からたった1年半弱で累計3億食、販売金額300億円(2013年3月、希望小売価格ベース)を達成した大ヒット商品。完成された商品と思いこんでいた袋麺に、まだやれることがあったのかと、業界にはショックが走った。
「正直、ここまでのスピード感で売れるとは思っていませんでした」と開発チームの一人、即席麺本部・中山清志部長(53)も驚きを隠さない。
「マルちゃん正麺」のウリは、何といっても生の麺を再現したような独特の麺にある。特許技術「生麺うまいまま製法」が「3億食」の原動力と考えてよいでしょうか?
「たしかに、技術的なイノベーションがヒットの要因です。あわせてCMや広告、ツイッターなどSNSによる情報伝達の早さや内食が志向される時代背景など、複数の要素が重なったおかげかと思います」
それまで袋麺はダウントレンドの中にあった。しかし、「潜在的な可能性はまだあるはず」と考えた同社は、2006年に「全く新しい麺」をめざして開発をスタート。
「試行錯誤を繰り返し、試作品が完成するまでには約3年かかりました。切り出した生の麺をほぐしてから丸い形にまとめ、そのまま乾燥させるという独自製法にたどり着いたのです。生の麺に近い味となめらかさ、コシのある食感を出すことに成功しました」 技術の詳細は明かせないとのことだが、イノベーションを起こしたことは間違いない。
4月末に発売されたばかりの『マルちゃん正麺 冷し中華』を味わってみた。ちょっと太めの麺。その弾力性。生麺に近いリアルな歯ごたえ。するっと軽やかな喉ごし。
「麺の長さは25~30cmと、通常の半分程度です。子供や高齢者でも食べやすいようにしました」
この工夫が、喉ごしの軽やかさまで演出しているのでは、と私には思えた。 他にも細やかな工夫が随所にある。『マルちゃん正麺』のラインナップは醤油、味噌、豚骨、塩、冷し中華の5種類。一方、麺は太さ・厚みに変化を持たせて4種類。
「スープとの相性を考えて麺も変えています」と中山氏は続けた。 「これまでの即席麺は、さっと済ませて、腹に入ればいいというイメージの食事だったと思います。でも私たちは『本当に満足できる一食』を追求しました。人気ラーメン店、中華料理店などに足を運び、『麺がおいしい』とはどういうことか、体験を通じて一から研究し直したのです。何度食べてもおいしい、スタンダードな麺を実現するために」
全社を横断するプロジェクトチームも成功の要因だったという。企画開発から技術、販売、営業担当まで、力を一つに結集した。
「全国統一の袋麺ブランドを確立することは、弊社にとって長年の悲願でした」
だから「正麺」というネーミングには、「東洋水産が考える正しい麺、ラーメンの完成形」という強い意味が込められているという。
※SAPIO2013年7月号