ラグビー日本代表がウェールズ代表を23対8で撃破した歴史的一戦(6月15日)、この勝利には、ほとんどのラグビーファン、いやもしかすると日本ラグビー協会のメンバーですら気が付いていない「もうひとつの価値」がある。世界のラグビー界にたったひとつしか存在しない「レイバーンの盾」の保有権を日本が獲得したのだ。
ラグビーのテストマッチ(各国代表戦)が世界で初めて行なわれたのは1871年のイングランド対スコットランド戦のことである。場所はスコットランドのレイバーンという地で、この試合にはその地名にちなんだ「レイバーン・シールド(盾)」なるものが賭けられていた。
勝者はこの盾を自国に持ち帰る栄誉を得る。この「レイバーンの盾」初の所有者はスコットランドだったが、翌年イングランドが奪い、以降しばらくはラグビー母国イングランドとスコットランドの間を行き来することになる。
ちなみに「盾」といっても現物が存在するのではなく、“名誉”を象徴する架空の存在である。欧州のラグビー強豪国は、さながらボクシングのチャンピオンベルトのように「レイバーンの盾」争奪戦を繰り広げた。やがて、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの台頭により、「盾」は南半球に渡る。
面白いのは、「盾」保有国がテストマッチで負けたときだけその保有権が移るということ。W杯優勝国、あるいは世界ランク1位の国が「盾」を得るとは限らない。巡り合わせと番狂わせが、ときにラグビー史の「綾」を生む。
現在のラグビー界に君臨するのはニュージーランド代表「オールブラックス」である。世界ランキングでも長らく1位を保持しているが、「レイバーンの盾」も、2011年W杯以来413日、15試合にわたり“防衛”してきた。ところが昨年12月、イングランド遠征で敗戦を喫してしまう。一説には試合前の集団感染が原因ともいわれているが、これで久しぶりに「盾」はラグビーの母国・イングランドに帰ってきた。
そして今春の欧州6か国対抗戦。イングランドはウェールズに敗れる。当然、「盾」はウェールズの手に。もうおわかりだろう。そのウェールズに日本はまさかの勝利を挙げたのである。かくして過去7回のW杯でわずか1勝しかしていない日本がこの栄誉ある「レイバーンの盾」の第179代目の保有者となった。なにごとにも大げさな表現を好むラグビーファンにとって、これはまさに「奇跡」なのである。
※週刊ポスト2013年7月5日号