参院選を前に与野党とも共通認識として掲げている政策が、労働者の最低賃金アップだ。その基準は、国(厚生労働省)の審議会が毎年目安を示して、都道府県ごとに実際の引き上げ幅を決める仕組みになっている。
現在の全国平均は749円で、直近の大幅引き上げは2010年度の民主党政権下で17円だった。しかし、今回の改定はそれ以上に期待されているといっていい。
社民党や共産党は「1000円以上」を公約に掲げるなど大幅な引き上げ案をぶち上げる一方、安倍首相は「(10円以上の引き上げは)十分に可能」と控えめ。それでも選挙の大事な争点になっていることは確かだ。
「アベノミクスでデフレ脱却の成長戦略を描く安倍政権にとって、賃金アップは欠かせない政策。2%の物価上昇目標を上回る率、つまり15円以上は上げないと消費拡大につながらないどころか、給料アップによる景気回復がいつまで経っても実感できないとの批判が強まる可能性がある」(全国紙記者)
まさに賃金市場のさらなる底上げが、安倍政権の喫緊の課題となっているのである。もちろん労働者にとっては有難い話だが、「10円、20円の引き上げでは、国全体の景気回復にはさほど影響しない」と分析するのは、人事ジャーナリストの溝上憲文氏だ。
「最低賃金に近い額で働いている人は年収200万円以下のワーキング・プア層かパート・アルバイト従業員たち。最低賃金の引き上げによって、地方のスーパーでアルバイトの引き抜き合戦が起こったり、衰退産業の中小企業で解雇が相次いだりと人材の流動化が進む可能性はありますが、都市部の一般的なサラリーマンにはあまり関係のない話です」
総務省の家計調査によれば、たとえば東京都の一人世帯の標準生計費は月13万5860円(2012年4月)。額面がそれよりも2万円多いとしても、月の平均的な労働時間168時間で時給換算すると約930円。東京都の最低賃金は850円なので、なるほど今の賃金レベルは下限をとっくに超えている。
さらに、「小手先の賃金アップだけで一喜一憂すべきではない」というのは、人事・賃金コンサルティングを手掛ける賃金管理研究所の取締役副所長、大槻幸雄氏である。
「アベノミクスの金融緩和で為替差益が出た大企業ならともかく、多くの中小企業は最低賃金アップに戦々恐々としています。なぜなら、4月1日に労働契約法が新しくなって、5年後には有期採用者を無期雇用に転換しなければならないため、おのずと人件費アップにつながります。
それだけではありません。65歳までの定年延長や厚生年金の負担増、さらに来年4月の消費増税でモノの価格に転換できるのかと不安を抱える経営者は多い。黙っていてもコストアップの施策が次々と襲ってくるため、最終的には昇給やボーナスの抑制で総人件費のコントロールに乗り出す可能性が高いのです」
最低賃金を上げれば、それにつられて従業員全員が同率に給料アップの恩恵を受けられるわけではなく、むしろ割を食う人たちも出てくるというのだ。それでは真の景気回復が見込めるはずもない。
「国は最低賃金のアップよりも先にやらなければいけないことはたくさんあるはず。実際に給料を上げていくためには、町中の製造業など広くまんべんなく設備投資を促すこと。そして、正規・非正規を問わずに上から下まで利益がしっかり回っていくような雇用体系に整備することが急務です」(前出・大槻氏)
経済政策が要なのに、経団連を筆頭に経済界との折り合いも悪い安倍政権。最低賃金の引き上げだけでなく、アベノミクスの経済的な波及効果がどこまで上がってくるのか。その真価が問われるのは、むしろ参院選後なのである。