フィギュアスケートの高橋大輔選手がソチ五輪シーズンに滑る楽曲と振付師が、先日発表された。ショートプログラム(SP)の振付は宮本賢二さん。バンクーバー五輪でも高橋選手の振付を担当し、一躍、世界の注目を浴びた人気振付師だ。
どの曲で、どうジャンプを跳び、どのようなステップを踏むか、などを決める「プログラム」によって、演技の印象、引いては得点が、変わってくる。勝負の行方を左右するといっても過言ではないプログラム。それを作成するのが振付師の仕事だ。ロシアのプルシェンコ選手など、海外の一流選手たちとも仕事を重ねてきた宮本さんに、振付師の仕事から、日本人に合う振付まで、振付の“極意”を聞いた。
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――まず、振付ができるまでの流れを教えてください。
宮本:選手あるいは先生(コーチ)から、依頼が来ます。ジャンプとスピンの順番などを書いた紙を渡され、そこからスタートです。曲は、指定されている場合もあれば、僕が提案して、選手と相談して決める場合もある。まず、そのシーズンに、選手がどのような思いを寄せているかを聞きます。挑戦したいのか、順位を上げたいのか。挑戦したいのであれば、これまで使ったことのない曲を選ぶ。結果を出したいのであれば、これまでの延長線上で、選手の強みを活かした曲や構成を考える。その選手が一番良く見える曲を選びます。
――プログラムによって、点数も変わってきますか?
宮本:いま、選手が跳ぶジャンプの種類は、ほとんど差がなくなっています。失敗しなければ、点数の差はそんなに付かないんですね。じゃあ、どこで差を出すかっていえば、プログラム。プログラムに対する選手の姿勢や思いが、評価につながると思っています。
――先シーズンは、四大陸選手権大会で優勝したカナダのケヴィン・レイノルズ選手のフリープログラムを振付されました。素晴らしいプログラムで、ケヴィン選手の才能を開花させましたね。
宮本:ケヴィン選手の場合は、曲が決まっている以外は、ほぼ何の情報もない状態から作りました。彼の体のラインの細さ、手足の長さ、丁寧な氷へのタッチを活かすことを考えました。繊細なピアノ曲は、彼にぴったりでしたね。
――プルシェンコ選手の振付もされましたね。怪我などもあってか、まだ披露されていませんが。
宮本:僕も残念……。でも、楽しかったからいいです(笑)。ミーシン先生と三人で、いろいろ議論しながら作りました。ミーシン先生もそうですが、僕も引かないほうなので、言い合いになる。「君がそれをやりたいなら、わかった、そこは譲ろう。その代わり、これは入れよう」って、建設的な話し合い。僕とミーシン先生が白熱すると、プルシェンコ選手が入ってきて「まあまあ」と。プルシェンコ選手とは、休憩時間は二人でゴルフへ行くなど、充実した時間を過ごしました。
――選手によって、ピアノ曲が似合う人もいれば、ヴァイオリン曲が似合う人もいるように感じます。“似合う”は、何で決まるのでしょうか。
宮本:一番は、スケーティングだと僕は思います。初めて振付をする選手には必ず、スケーティングを一通り見せてもらうんです。スピンやジャンプも見ますが、スケーティングを一番見る。たとえば歩幅の大きさとか強さ。大きいから、ピアノが似合う場合もあるし、ヴァイオリンが似合う場合もある。スケーティングの印象が、その選手の印象を大きく左右するんです。
スケート以外も、もちろん重要です。顔の表情や手足の見せ方、体のライン。知っている選手については、性格も考慮します。体付きという点では、首から肩、背中にかけてのラインが、その人を印象付けると思いますね。
――日本人の良さや特徴を活かした振付って何でしょう。
宮本:僕が思う日本女性の一番美しい姿は、見返り美人図。S字と言うのでしょうか、曲線が綺麗だと思いますね。あれは外国の選手にはない美しさ。使う曲にもよりますが、ポーズなどでは、できるだけ曲線を意識します。
男性は、スパニッシュぽいポーズがカッコいいと思っています。少し顎を引いて、胸を張る感じですね。高橋大輔選手の『eye』(バンクーバー五輪のSP)でも、そうしたポーズを意識しました。ただ、彼の場合は、魅せるのが跳び抜けてうまく、すでに完成されていましたから、僕が引き出したのは、少しなんですけど。
――スタイルや踊りに対してコンプレックスを抱く選手には、どうアドバイスをされますか。
宮本:もし、コンプレックスがある選手がいたとしたら、すべて振付でカバーします。その選手が欠点だと思っている部分は、動きによって完全に消える。そういう振りを、僕は考えますから、まったく気にしなくていいです。逆に言えば、長所って、容易に、欠点になるんです。手足が長い選手は、少しでも、手をだらんとさせていたら、めちゃくちゃ目立つ。汚くなってしまうんです。
最初から踊りが上手い選手って、いっぱいいるんですが、才能はほとんど関係ありません。踊れない選手はいない。なぜなら、できるまで練習するから。僕は厳しいです。すごく細かいし、いちいちうるさい。でも、だから、絶対に踊れるようになります。
――ポーズや動きなど、振付のインスピレーションはどこからやってきますか?
宮本:動物園や水族館に行って、動物たちの動きを眺めていると、ふっとひらめくことがあります。彫刻やステンドグラス、花や風物詩などを見るのも好きですね。見るだけではなく、花なら花言葉を調べたり、曲の背景なども知りたいと思う。知ることで、どう振付に影響するか……、それを言葉で説明するのは難しいのですが「なんとなーく」変わっていくんです。僕の理想は、色を表現する、音を表現する、そういった振付です。
――振付は、すべて頭のなかにイメージがありますか?
宮本:基本的にはあります。僕は、記憶力は普通か、むしろ悪いほうなんですが、見たものだけはすごく残っている。目にしたものは、カメラで撮ったように、記憶されているんです。色んなところで目にした映像が、頭のなかに蓄積されていて、振付に活かされているのかもしれません。振付した選手のプログラムはすべて覚えているので、振付が変わっていたら、すぐに指摘します。いつも選手から驚かれています。
あと、人の顔を覚えるのは苦手なんですが、体の全体像や動きは覚えられる。スケーティングを見て、あ、あの選手だって、思い出したり(笑)
――今後、宮本さんが使ってみたい曲はありますか? フィギュア以外の振付にチャレンジするお気持ちなどあるのでしょうか。
宮本:たとえば雨の音など、自然音を使ってみたいですね。拍手で振り付けるとか。それから、“無音”もやってみたい。僕は、フィギュアスケートの振付師ですから、フィギュアにまい進するのみですが、敢えて、フィギュア以外で言うなら、CMの振付をやってみたいですね。カメラを動かすことで、人が動くのが楽しそうだなと。あと、リンクに絵を描いたり、リンクの上から撮ってみたいなとか、いろいろ妄想しています。とにかく振付の仕事が好きなんですね。
■宮本賢二(みやもと・けんじ):1978年兵庫県生まれ。シングルスケーターからアイスダンスに転向し、全日本選手権優勝などの成績を収める。引退後、振付師に。荒川静香選手、安藤美姫選手、織田信成選手をはじめ、国内外の多くの選手の振付を手掛ける