SNS、就活、スクールカースト、いじめ……現代の若者を取り巻く問題を鋭く切り取った作品を世に送り出しているのが、史上初の平成生まれの直木賞作家・朝井リョウ氏(24)だ。大学生で華々しく文壇デビューしながら、周りの学生と同じように就活を経験。会社員との二足のわらじを履く異色の若手小説家は、若者たちが置かれた困難な状況をどのように変えていけばいいと考えているのか──。
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──ツイッターやフェイスブックといったSNSが、若者の新しいコミュニケーション・ツールとして広く普及した。朝井さんが発表した作品の登場人物たちは、日常生活では仲のいい友人のように振る舞いながら、ツイッター上では周囲より自分が優れているように見せたり、他人を貶めようとしたりする。若者たちにとってSNSとは何なのか。
朝井:私は普段の生活の中で違和感を抱いていることから物語の着想を見つけることが多いです。直木賞をいただいた『何者』は就活を扱った作品と紹介されますが、実はSNSに対する違和感から生まれた小説でした。
私自身、2年ほど前まで大学生でしたが、今の大学生の日常を書こうとしたら、ご飯を食べる場面と同じくらいツイッターを使うシーンが不可欠になっています。SNSは新しくて面白いツールです。ただ、よくない影響を与えている面も少なくありません。
SNSが普及したことで、好きな時に好きな言葉で発信できるようになった。でも、それによって無駄な競争が行なわれ始めました。リア充(「現実生活が充実している人」という意のネットスラング)や非リア充をアピールしたり、より面白く、より鋭く世の中を論評する独り言をつぶやかなければいけないような雰囲気が生まれています。何気ない日常生活や独り言なんて、これまでは競わなくてもよかった。普通の毎日を競争する感覚って、かなり負担になるものだと思うんです。
リア充自慢はやり過ぎると周囲に嫌がられる。自分を良く見せ続けるのも大変。だからだんだんと他人を見下してけなすことで自分を“上”に見せるという手法が増えてきた。そういった行動が最も顕著に表出するのが就活です。自分より努力している人を“意識高い”と揶揄することでどうにか安心感を得ようとする。でも、他人のアラ探しをして自分の地盤を固める行為はまったく無意味で、生産性がありません。そうした現象には違和感を抱いています。
SNSがなかった私の小中学生時代と違って、今はすぐに揚げ足を取られる。ほんの一言がピックアップされて、一気に広まってしまう。「まとめサイト」が作られ、他人のコメントが追加されて編集され、事実関係と照合されて炎上していく。みんな、他人を自分と同じ所にまで引きずり下ろしてやりたくてたまらない。すごく気味の悪い雰囲気なんです。
※SAPIO2013年8月号