ここは本当に日本なのか──。都心から電車でたった1時間という距離に、住民の半数が外国にルーツを持つというマンモス団地がある。国籍は実に20か国以上。特異な地域社会を作り上げているその団地を歩くと、少子高齢化が進む日本の近未来の姿が見えてきた。
6か国語で書かれた看板がいたるところに立っていた。ゴミ出しのルールから生活騒音の注意まで。英語と中国語ぐらいは記者でもわかる。他の外国語はサッパリだ。林立する住宅の狭間を歩いてみる。すると、その多国語表示が欠かせないものであることを痛感する。
広場では肌の色が違う子供たちがバレーボールをして遊んでいた。すれ違う住人たちは耳慣れない言葉で会話をしている。商店に並ぶのは珍しい南国のフルーツ。香ばしい匂いに振り返ると、店先で串に刺した鶏の足が焼かれていた。
神奈川県営いちょう団地──。都心から電車で約1時間、横浜市泉区と大和市にまたがる地域にある。敷地面積は約27万平方メートルで、全79棟、約3600戸。広さは東京ドーム6個分に相当するマンモス団地だ。
建設は高度経済成長期の1970年に始まった。家賃は2K(34.55平方メートル)で月額2万1300円、3DK(51.18平方メートル)で3万7400円。もちろん最初の居住者は日本人ばかりだった。しかし、住民の高齢化に伴い空き室が増加。その穴を埋めたのが外国人だった。現在、戸数の3割近くを外国人世帯が占める。いちょう団地連合自治会会長の栗原正行氏はこう話す。
「多くの日本人居住者は高齢で、単身や夫婦2人の世帯が多い。一方で、外国人の世帯には現役世代が多くて子供も複数いる。人数でいえば全体の半数近くが外国にルーツを持つ。ここは将来の日本の縮図なんです」
日本国内に居住する外国人は1992年の128万人から、昨年は203万人にまで増加した。それにともない公営住宅に住む外国人の数も増えている(2007年度4万3853戸→2011年度5万1208戸)。いまや日本の団地を支え、ゴーストタウン化を防いでいるのは外国人なのである。
いちょう団地が特異なのは、外国人入居者の数が群を抜いて多いこと。中国やタイ、フィリピンなどの東南アジア各国、インドやスリランカといった南アジア、そして南米のブラジル、ペルーなど、住人の国籍は20か国を超える。
その理由は1980年に大和市に難民の「定住促進センター」が開設されたことだ(1998年閉所)。1970年代後半、内戦などによりインドシナ三国から“ボートピープル”と呼ばれた大量の難民が流出。日本も約1万1000人を受け入れ、同センターもその受け皿になった。以来、団地への入居を行政がサポート。彼らが親類・縁者を呼び寄せたことで、住民の半数が外国人という団地が生まれた。
撮影■渡辺利博
※週刊ポスト2013年8月9日号