強大な国家権力を行使する捜査当局は、ときに大マスコミにも露骨な圧力をかけ、組織にとって不利な情報を隠ぺいする。
NHKが検察に屈した『クローズアップ現代』問題がまさにそれだ。密室での取り調べの在り方に改めて疑問を投げかけた同番組は、検察の圧力により放送延期に追い込まれた。取り調べの全面可視化を阻みたい検察の権力乱用は目に余る。そして、マスコミが権力の横暴を許せば、国民の知る権利は等閑に付される。ジャーナリスト・江川紹子氏が警鐘を鳴らす。
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取り調べを録画したDVDをNHKの報道番組に提供したのは証拠の「目的外使用」だとして、大阪地検が大阪弁護士会所属の弁護士を懲戒請求した。弁護士側は、「取り調べの実態を国民に知ってもらうことには公益性がある。まさに国民の知る権利の問題だ」と反論している。
この番組はNHK大阪放送局が制作し、関西ローカルで放映する『かんさい熱視線』。4月5日の番組で、「“虚偽自白”取調室で何が」をテーマに、本人の供述と異なる「自白調書」が作成される問題が取り上げられた。
その際、大阪市内の男性が傷害致死で起訴された事件で、検察官の取り調べを撮影したDVDの一部が使われた。そこには、調書の内容と異なる供述を検察官が無視して聞き流す場面が記録されていた。
弁護人を務めた佐田元眞己弁護士は言う。
「検察のストーリーに沿った調書が作られる取り調べの一端が、この場面から伝わったはずです」
DVDは法廷でも再生され、裁判所が調書の信用性を否定し、無罪とした決め手の一つとなった。
このようなDVDが作られるようになったのは、大阪地検特捜部が厚労省局長の村木厚子さんを逮捕・起訴した事件で捜査のあり方が問題になってからだ。取り調べの可視化を求める声が高まり、警察・検察は一部事件で録音録画の「試行」を始めた。
その一方で、可視化法制化には激しく抵抗。捜査のあり方が論議されている法制審議会特別部会でも、捜査当局関係者らによって、「試行」より後退させる「素案」が作られるなど、法制化を骨抜きにする画策が露骨になされている。
そうした中、改めて取り調べの実態を伝えよう、というのが番組の趣旨だった。佐田元弁護士はそれに賛同。男性も番組に映像が使われることに同意しており、関係者の顔にはぼかしを入れたり声を変えるなどの配慮もされた。
「可視化について、国民的議論が必要。でも、多くは取り調べを受けた経験もなく、なぜ可視化が必要なのか、実感を持ちにくいはず。嘘くさくなってしまう再現ドラマではなく、現実の取り調べを見ていただく必要があると思った」(佐田元弁護士)
番組は、全国放送の『クローズアップ現代』でも流されることを前提に取材・構成されていた。4月15日に放送が決まり、ゲストには、法制審の委員でもある村木さんを招くことになった。同月10日にはNHKのホームページで番組告知もなされた。ところが、その翌日昼頃、告知は削除された。
その理由を、NHKは「番組の内容を深めるために、さらに取材をする必要があると考えて延期した」(広報部)と、DVD問題とは無関係だったとする。白々しいとしか言いようがない。『熱視線』は、大阪の事件だけでなく福岡の別の事件も取材するなど、十分に全国放送できる内容だったし、補足取材をするにしても2か月もかかるはずがない。
6月9日付毎日新聞大阪版は、番組延期を決めたNHKの事情をこう伝えている。
<日ごろ検察の取材をしている報道部門を中心に「映像を再放送すれば、検察による懲戒請求などで弁護士に不利益が及ぶおそれがある」などの慎重論が出た>
しかし、この慎重さは無意味だった。それどころか、NHKが引いたことで、佐田元弁護士一人が検察組織の前に立たされることになったのだ。NHKの自粛方針を見極めたかのように、検察は『クロ現』放送予定日を過ぎてから、弁護士対策に乗り出す。
4月17日、大阪地検から佐田元弁護士に問い合わせがあり、19日に事情聴取が行なわれた。そして、5月23日付で懲戒請求がなされた。
それでも佐田元弁護士は、淡々と「私のことは気にせず、番組を放送して欲しい」と語る。
「私は、国民の知る権利、報道の自由の重要性を考えて提供しました。もし、最後まで放送しないとなると、NHKはその重要性を理解していない、ということになってしまいます。報道機関の使命はどうしたんでしょう」
※SAPIO2013年8月号