日本の検定済み教科書にたびたびクレームをつける中国、韓国。だが彼らの使う教科書こそ捏造、歪曲のオンパレードだ。嘘に塗り固められた歴史教科書の実態を明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次氏が喝破する。
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日中韓で歴史教科書が政治マターとなったのは、ここ30年ほどのことである。その発端になったのは1982年6月に起きた教科書誤報事件だった。教科書検定で高校用日本史教科書の記述が「華北へ侵略」から「華北へ進出」に変更されたと日本のマスコミが報じたが、これは誤報だった。
にも拘らず、中国の抗議に肝をつぶした日本政府は、同年8月、「政府の責任において教科書を是正する」という宮澤官房長官談話を発表、早々に白旗を揚げてしまったのである。このことで味をしめた中国政府は以後、教科書問題を事ある毎に政治利用するようになった。
中国の教科書は事実上今でも国定で、中学校の歴史授業では一般的に『中国歴史』(人民教育出版社)が使われている。自国に不都合な史実を無視した上に捏造を加えた、言わばプロパガンダ教科書だ。
都合の悪い史実のひとつに「元寇」がある。モンゴル帝国(元)と高麗連合軍が1274年(文永の役)と1281年(弘安の役)の二度に亘って日本に侵攻したことで多数の犠牲者を出した。しかし、中国の歴史教科書は一切これに触れていない。一方で、自国が被害を受けた「倭寇」については、〈元末から明初、日本の武士、商人及び海賊は、しばしば中国の沿岸地方を脅かした〉と書き立てるのである。
1894年に起きた日清戦争は、朝鮮に対する宗主権を主張する清国と朝鮮の独立を望む日本との戦いだった。しかし、中国では「日本の侵略」にすり替えられ、こう教えられている。〈日本侵略軍は旅順でわが同胞を狂ったように虐殺し、死者、被害者は一万八千人余りにも達した〉
教科書の記述がさらにエスカレートしたのは江沢民時代だ。共産党中央宣伝部の「愛国主義教育」により、1990年以降の教科書における南京事件の扱いは一変。それまで小学校の教科書に南京事件の記述はゼロだったのに、一つの章を丸々使って「南京大虐殺」を教えるようになった。
中学の歴史教科書にはこのように書かれている。
〈日本の侵略者の赴くところ、焼・殺・淫・奪が行なわれた〉〈南京で平和に暮らしていた市民は、ある者は射撃の的にされ、またある者は生き埋めにされた〉〈戦後の極東国際軍事裁判によれば、南京占領後六週間以内に、武器を持たない中国の国民三十万人以上を虐殺した、とのことである〉
作り話も甚だしい。東京裁判の判決は30万人とは言っていないし、そもそも当時の南京の人口が約20万人だということを考えれば、この教科書のデタラメさがわかる。
※SAPIO2013年8月号