8月9日に公開され、興行収入13億6400万円を突破、観客は91万1000人を動員(9月4日現在)とファンに絶大な人気を誇るSF大作映画『パシフィック・リム』。1か月経った今もツイッターなどで賞賛の声が絶えない。多くの漫画家やイラストレーターがイラストやポスターアートを描きネット上で公開、さらにそれらのまとめサイトまで登場する人気ぶりだ。Twitterでの映画の評価がわかるサイト『coco』では、つぶやき数はダントツだ。“オタク映画”と評されるこの映画、ひと言でいえば、巨大怪獣VS人型巨大ロボが戦う単純な話なのだが、なぜここまで口コミが拡散しているのだろうか?
「いうまでもなく、オタク心を刺激したことが、ほかの映画に比べてツイッターなどで話題を呼び、口コミが広まっている理由でしょう」
こう指摘するのは、日本公開前から同作を推薦していた映画評論家でコラムニストの町山智浩氏(51才)だ。
“日本オタク”のギレルモ・デル・トロ監督(48才)が「日本へのラブレター」というこの映画には、『ゴジラ』の本多猪四郎監督への献辞、『ウルトラマン』『マジンガーZ』など日本の怪獣・特撮モノへのオマージュに溢れたシーンが満載だ。
「『ウルトラマン』や『マジンガーZ』など、特撮モノで育った世代やアニメ好きの“オタク”の50代が泣けるほど感動しています。過去には『マトリックス』に押井守監督のアニメ映画『攻殻機動隊』へのオマージュがあり、『キル・ビル』には、タランティーノから深作欣二監督への献辞、『子連れ狼』などチャンバラ映画へのオマージュがあった。どちらかというとマニアックな日本作品をハリウッドの監督がオマージュを捧げてくれているところに、映画ファンやアニメファンが歓喜しているのです」(町山さん)
これまでにハリウッドでリメイクされてきた『ゴジラ』や『ドラゴンボールZ』は、原作への理解不足から、その描き方は日本のファンを失望させたが、『パシフィック・リム』は日本の作品への深い理解が感じられると、町山さんは語る。
「デル・トロに取材したこともあるのですが、本当にオタクですよ。日本のアニメや特撮で育った人で、つっこんで聞いても完璧に把握している。『マトリックス』の監督のウォシャウスキー兄弟も、タランティーノもそうでした。彼らは勉強しないでアニメや漫画ばかりをみていた、ホントにダメな人たちですね(笑い)。だからこそ、深い理解がある。そんな人たちが作った映画だから日本のファンを納得させる作品になっているんです」(町山さん)
他にも、劇中の「KAIJU」が、『ウルトラマン』をはじめとするあらゆる特撮モノに出てきた怪獣を連想させる姿で登場していることや、出演しているハリウッド俳優が怪獣をそのまま「KAIJU」と発していること、『マジンガーZ』のロケットパンチが出てくるシーンもオタクにとっては「泣ける」ポイントだという。
「50話くらいのTVシリーズの最終回3話だけまとめたみたいな強引な話だし、主人公も印象に残らない。そんな、小学生がノートに書いた落書きみたいな話を、ハリウッドが200億円近くかけて作ってしまった。こんな泣ける話はないでしょう(笑い)。子供の頃からの夢を叶えてくれたような、こんな映画を作って、それが世界的に大ヒットしていることに、オタクたちは、今まで自分たちの文化を理解してこなかった人に対して“ほらみろ”“すごいだろう、言ったとおりだろ”という思いを抱いています」(町山さん)
町山さんは、同時期公開の話題作『風立ちぬ』(宮崎駿監督)と共通点があるとも言う。
「どちらも子供の憧れや、大好きなもの、それをそのまま映画化したような作品なんです。『風立ちぬ』は宮崎監督が大好きな飛行機を描き、さらにその飛行機の音も人間の声で再現している。いわば少年の“ごっこ遊び”を映画したようなもの。『パシフィック・リム』もデル・トロが大好きな日本作品を映画のあらゆるシーンの中に随所に描き切り、子供のときの憧れを体現している。どちらも子供心をそのまま映画にした作品だから、オジサン世代にはたまらない作品に仕上がっているんです」(町山さん)
日本語吹き替え版はアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』『ガンダム』といった作品の声優陣が担当。どこまでもオタク心を刺激したことがヒットにつながったといえそうだ。