8月26日、復興途上にある岩手県普代村で、釜石海上保安部がアワビの密漁団を現行犯逮捕した。水揚げ現場で押収されたアワビは1550個、166kgと大量だった。密漁団はこれを仙台の業者に売買していたとみられる。
三陸アワビの時価は毎年、キロ9000円前後といわれており、今回押収された分のアワビだけでも約150万円になる。わずか一日の漁獲高でこれだ。宿泊費や交通費、燃料代といった経費を差し引き、逮捕者9人で均等に分けても、日当10数万円のぼろ儲けである。
釜石の海保が内偵していた約1週間に売り捌かれたアワビを含めると、今回の“密漁ツアー”だけで、2000万円以上の現金収入があったと推測される。
逮捕劇の現場となった通称・ネダリ浜への入口には看板すらなく、地元住民にも“知られざる”浜だという。なかなか道が見つからず、私が到着した時はすでに真っ暗で、黒い海のしぶきだけが見えた。密漁時には極力ライトを使わないので、真っ暗な海に潜るのはかなりの恐怖だろう。
アワビの密漁は午後8時前後に開始され、深夜2時あたりで終わる。ウエットスーツを着込み、エアタンクを背負って海に潜る潜手の体力が、それ以上は持たないためだ。
逮捕された密漁団9名はいずれも北海道北斗市近辺から遠征してきた男性たちで、3人の潜手、船頭、船頭補助の計5人がゴムボートに乗船していた。残る4人は陸周りと呼ばれる陸上作業員や運転手、見張りを担当していたとみられる。
構成員のうち7人は無職。にもかかわらず、北海道での家宅捜索では、彼らの豪華な暮らしぶりが浮かび上がった。漁業権は持っておらずプロの漁師ではない。密漁を生業としていることは間違いない。
この密漁団は震災直後から三陸海岸や東北の被災地で、アワビを中心に密漁をしていた。海上保安庁の内偵は1年半にも及び、綿密な逮捕計画が立案された。
密漁団は摘発を逃れるため、船を海に出した後、機材やアワビを運搬する車は現場から離れてしまう。出港は確認できてもどこに戻ってくるか分からないため、当日は計4か所に捜査員を待機させた。
密漁はどれだけ内偵を行なっても、「ヒト(密漁者)・ブツ(海産物)・道具(かぎ針やボンベ、ウエットスーツ)」の3点セットを、現行犯で一網打尽にしない限り立件が難しい犯罪だ。陸に上がった密漁団は、真っ先にアワビを車に乗せ、その車だけを先行発進させる。
このわずか数分が逮捕のワンチャンスとなる。発進後、アワビを乗せた車を捕まえても「落ちていたのを拾った」と言い逃れされるし、夜中、明らかに密漁と分かるダイバーらを発見しても、夜のダイビングを取り締まる法律はないのだ。
震災による巨大津波は、三陸など東北沿岸の港に停泊していた漁船や監視船を軒並み破壊した。新基準の防波堤は建設されておらず、漁港のすぐ側に居住していた漁師たちは、たいてい高台の仮設住宅に引っ越してしまった。
かつては漁師の目や監視カメラが絶え間なく海を見守っていたため密漁も少なかったが、震災後は深夜にはひとっこ一人いない港も少なくない。密漁団はその隙を突いて被災地の海産物を狙う。漁師にとっては泣き面に蜂で、卑劣きわまりない犯罪なのだ。
海保関係者が憤る。
「(海保の)上層部には監視体制が手薄になっていることをマスコミに書かれると密漁が増えると懸念する人もいるが、現場を知らない。密漁団のネットワークでは、そんなこととっくに知れ渡っている。海保は海難救助や水死体の検分など、なんでも屋をしなきゃならないから、密漁取り締まりに割ける人員も時間も予算も限られている。でも今回の北海道の密漁団だけは是が非でも逮捕したかった」
密漁団は、この夜を最後に北海道に戻る予定だったという。1日ずれれば取り逃がしていた。海の神は、海保の執念に味方した。
●文/鈴木智彦(フリーライター)
※週刊ポスト2013年9月20・27日号