ラーメン専門店は全国に約4万軒。食堂や中華料理店などラーメンのメニューがある店は20万軒。飲食店の3分の1が何らかの形でラーメンを提供しているとされる。まさに「国民食」だが、その“中身”は意外と知られていない。
コストを抑えるために、スープそのものが“できあい”の店は少なくない。首都圏を中心にチェーン展開するとんこつラーメン店。1杯約500円で、深夜でも一杯飲んだ後のサラリーマンで行列ができる人気店だ。カウンター越しの厨房には寸胴があり、豚骨が見える。 店員は「うちはグツグツ煮込んでいるから、濃い味が出ますよ」というが、潜入取材を続ける中で接触した業界関係者によれば、そこでは業者向けの濃縮スープの素を使っているという。
「3kgの濃縮スープの素を水で溶かすと、ちょうど300杯分、大きな寸胴ひとつ分のスープができる。それに一応、豚骨やニンニクなどを入れ、最後に化学調味料を入れてできあがり。これならコストが安く、作る手間も省ける」
そう語る関係者が「業界では人気」と紹介してくれた濃縮液体タイプのスープの素は、卸業者で3kg約4500円で売られていた。商品案内にはこうある。
「とんこつスープを仕上げるための面倒な工程がなく、長時間の炊き込みも不要となるため、燃料費が節約できます」
「近隣への臭気の気遣いや骨ガラの処理も無く(中略)なります」
本物の豚骨を煮込む臭気はすさまじく、そもそも店内ですらそれを感じないところは、自前のスープでない可能性が高い。しかも濃縮スープを使えば1杯のスープにかかるコストはわずか15円。ちなみに、うまみ調味料は業者向けスーパーでは1kg500円程度で売られており、1人前に3g入れるとすると1.5円である。添加物に詳しい食品ジャーナリスト・安部司氏の解説。
「安いチェーン店では濃縮スープは常識です。スープの素には豚骨や鶏ガラから作ったものを濃縮した製品もあれば、添加物などで化学的に合成されたものもある」
本誌が入手した業者向けの「乾燥ガラスープ」の原材料を見ると、「食塩、乳糖、砂糖、チキンオイル、チキンエキスパウダー」と続いて、「香辛料、加工デンプン、調味料」などとなっている。「豚骨を使わなくてもとんこつスープはできる」という安部氏が提供してくれた「実験キット」で、実際にスープを作ってみた。
小瓶に入った白い粉を中心とする材料は16種類。ベースは、「食塩」「化学調味料(グルタミン酸ナトリウム、5′-リボヌクレオチド二ナトリウム)」「たんぱく加水分解物」の3種類で、外食業界では “黄金トリオ”と呼ばれる。
続いて「ポークエキス」や「チキンエキス」、香辛料を加えていく。エキスと言っても、豚骨や鶏ガラを煮出すわけではない。食用として肉を取り出した残渣を酵素分解した工業製品だ。
さらに、塩味を和らげる「甘草エキス」、後味を改善する「クエン酸」、トロミをつける「増粘多糖類」などを投入。最後に白く濁らせまろやかさを出すために使用するのは、なんと「スキムミルク」だ。とんこつスープの乳白色がスキムミルクだったとは……。これらをよく混ぜ、お湯に溶かす。できあがった白く濁った液体は、紛うことなきとんこつラーメンの味がした。
「黄金トリオをベースに、エキスの量を調節することで、“あっさりしたとんこつ”も“濃厚なとんこつ”も自在に作ることができる」(安部氏)
安部氏によれば、このように粉末だけを混ぜてスープを作るラーメン店も少なくないが、一般的には10~30倍に薄める濃縮液体タイプをベースに使うことが多いという。
濃縮液体スープは専門メーカーの大型圧力釜で豚骨や鶏ガラを短時間煮込んで作られ、「ラーメン全体の味への影響度合いで言えば、8割くらいでしょう。残りの2割はそれぞれの店でチキンや野菜のエキスパウダー、グルタミン酸ナトリウムなどを加えて煮込み、オリジナルの味ができていく」(安部氏)という。
文/ジャーナリスト・鵜飼克郎
※SAPIO2013年10月号