【書評】『混浴と日本史』下川耿史著/筑摩書房/1995円(税込)
本書は、風俗史の第一人者による、日本の混浴文化についての初めての通史だ。エピソードと図版が豊富で、素人にも興味深い内容になっている。
8世紀前半に成立した『常陸国風土記』、『出雲国風土記』などにより、温泉列島・日本では古代から各地の庶民の間で混浴文化が自然発生していたことがわかるという。8世紀後半、都が京都に移ったあとの奈良では、権力者の庇護を失った僧侶と尼僧の間で混浴が大流行して淫行三昧に耽る、といったこともあった。
その後、温泉場では混浴文化が継承され、さらに、江戸時代に遊郭や銭湯が普及するとともに、混浴は庶民にとって当たり前の風俗として広まった。
それに対し、明治維新直後から権力による弾圧が始まった。ペリー来航以降、数多く出回った外国人による報告書や旅行記の中で、混浴が〈日本人の下品さ、猥褻さの証し〉とされ、そうした〈日本人蔑視論〉を〈国辱〉と捉えた政府が軽犯罪法を制定して混浴を禁止したのだ。
だが、男女の浴槽をガラスで仕切った銭湯でも混浴は続き、地方の温泉場では女性が男湯に入浴してきた。戦後も売春防止法が混浴禁止の根拠に利用されたが、最小限の効果しかなかった。「反体制」、「反権力」といった大仰なものというよりも、〈「昔から続けてきて何の不都合もないものを、後からきたよそもんがごたごたいうな」〉という素朴な反発が庶民の間にあったからだという。
『古事記』、『日本書紀』といった正史でも、混浴に近い水遊びのなかでイザナギ、イザナミが交わり、国造りが行なわれた様が描かれている。本書を読むと、そもそもそうした性のおおらかさが日本文化の特徴であることがよくわかる。
●下川耿史(しもかわ・こうし)1942年福岡県生まれ。早稲田大学文学部卒業。産経新聞社勤務を経て著述家・風俗史家。『盆踊り 乱交の民俗学』、『日本残酷写真史』(ともに作品社刊)、『極楽商売 聞き書き戦後性相史』(筑摩書房刊)など著書多数。
※SAPIO2013年10月号