カンヌ国際映画祭では審査員賞を獲得した是枝裕和監督(51才)による映画『そして父になる』。小学校入学を控えた子供が出産時に別の子供と取り違えられていたことが発覚、そこからふたつの家族の交流が描かれる──という作品だ。
映画のエンドロールには参考文献として、ジャーナリストの奥野修司さんが書いたノンフィクション『ねじれた絆――赤ちゃん取り違え事件の十七年』(文春文庫)がクレジットされている。
1977年に沖縄で実際に起きた赤ちゃん取り違え事件を追いかけたルポタージュで映画との類似点も多い。しかし、参考文献とするまでには、実はかなりの紆余曲折があった。なぜなら、映画化されることは、『ねじれた絆』を出版する文藝春秋も著者も知らされていなかったからだ。事情を深く知る映画関係者が、匿名を条件にこう明かす。
「文藝春秋に、映画を製作したフジテレビから“『ねじれた絆』を参考文献としてクレジットに入れたい”と電話があったのは今年2月下旬のことです。映画のクランクアップは昨年5月なのに、カンヌの直前になって事後承諾を求めたんですね」
この映画関係者の話によれば、4月の初旬、フジテレビの映画製作部の社員が文藝春秋を訪れたという。この時、フジテレビ側は「原作ではなく、あくまでも参考文献」と、それまでと同じ説明を続けた。確かに映画では子供の性別や親の職業、住んでいる場所など、設定が異なる部分も少なくない。
「これについては文藝春秋側も理解はしたんですが、代わりに、今後、是枝監督が会見やインタビューを受ける際には、“『ねじれた絆』にインスピレーションを受けた”ということを話してほしいと要求したんです。フジテレビ側もそれを了承しました」(前出・映画関係者)
そして今年5月に行われた関係者向けの映画試写会を、文藝春秋の担当者と著者の奥野さんは見に行った。
「上映終了後に、是枝監督は奥野さんと文藝春秋の担当者に、“『ねじれた絆』を読んだときから映画にしたいと思っていました”と直接話しています」(前出・映画関係者)
是枝監督本人が、『ねじれた絆』をもとに映画にしたということを、著者の前ではっきりと認めていたのだ。そしてその後、カンヌ映画祭で賞を取ると、是枝監督には取材が殺到し、受けたインタビューは40媒体を超えた。ところが、ここから問題が起きる。
是枝監督が『ねじれた絆』について触れたのは、約束を交わしてから半年後の9月になってからだった。しかもわずか2媒体のみで、かつて読んだことがあるといった程度のものだった。
「文藝春秋も奥野さんも、“これでは約束を充分に果たしているとはいえない”と、是枝監督に憤りを感じているようです」(前出・映画関係者)
映画のポスターには、『ねじれた絆』の文字は一切入っていない。公式サイトにも入っていなかったが、10月7日、女性セブンがフジテレビに取材の連絡をした数時間後、「参考文献『ねじれた絆』」というクレジットがアップされた。奥野さんと文藝春秋に話を聞いた。
「映画の参考文献としてクレジットすることを了承したとき、プロデューサーのかたは“『ねじれた絆』をひとりでも多くの人に知ってもらうよう協力する”とおっしゃってくれました。その約束が充分に果たされていないと感じるのは残念です」(奥野さん)
「『ねじれた絆』は奥野さんが17年間にわたり取材を重ねて、ようやく形となった作品です。映画の製作、宣伝に際して、そのことに充分な敬意が払われていたら、もっと多くの人が『ねじれた絆』の存在を知ることになったと思います。今後については先方の努力に期待するしかないですが、具体策を示してほしいとは伝えてあります」(文藝春秋)
一方のフジテレビは、
「映画の製作段階で、著者および文藝春秋社に『ねじれた絆』を参考文献として扱う旨をお伝えし、ご理解をいただいております。これまでも、参考文献としてどのように扱うかについてなど文藝春秋と話し合いながら進めております。今後も必要に応じて話し合いをさせていただきます」
との回答。両者の考えの隔たりはなお大きい。
※女性セブン2013年10月24・31日号