2001年4月、世界で初めてオランダで安楽死法が成立し、翌年4月に施行されてから11年が経った。オランダの他、国によって事情は違うが、ベルギーやスイス、アメリカの4州の法律で安楽死は認められている。
安楽死法を研究する元最高検察庁検事の土本武司氏(筑波大学名誉教授)が解説する。
「オランダにおいて安楽死とは、患者の要請に従って医師が注射や服薬によって生命を終わらせる“積極的安楽死”のことを指します。日本では“尊厳死”と呼ばれ、延命治療を控えることで死期を早める“消極的安楽死”は、通常の医療行為に含まれ、安楽死とは見なされません。
適用基準は厳格です。患者の希望が自発的で熟考されていること、苦痛が耐えがたく改善の見込みがないことなどの条件を満たせば、医師は処置をしても刑事責任は問われません。ただし、処置後の審査で条件を満たさないと判断されれば、医師は最高で禁固12年の刑を受けることになります」
オランダにおける安楽死数は2006年に約1900人だったが、2012年には約4200人までに増えている。これは同国の年間死亡者数の3%にも上る数だ。内訳を見ると、約8割は末期のがん患者で、残りが重い神経障害や心臓血管障害を抱える患者だった。医学誌『ランセット』によると、全体数の20%以上は報告されていないといい、実際の処置数はもっと多いと見られている。
「もうお考えは変わりませんか」
夕刻、アムステルダム郊外の自宅マンションの一室で、かかりつけ医が末期がんの男性患者(75歳)と向き合っていた。大腸がんが全身に転移したことがわかり、3か月前、病院から自宅に帰ってきた。
前日の夜から痛みで一睡もできなかった。早朝、妻に「今までほんとうにありがとう。先生を呼んでくれ」と声をかけた。自宅に駆けつけた医師は、希望を再度、確認した。
「はい。今はただ安らかにしてほしいだけです」
覚悟はしていた。だが、妻の涙は止まらなかった。
「愛してるよ。天国でずっと見守っているから。先生、お願いします」
「いい旅路を」
医師は睡眠薬、続いて筋弛緩剤を注射した。男性はゆっくりと目を閉じた。たった数分のことだった。
※週刊ポスト2013年10月25日号