「アンパンマン」シリーズで知られる漫画家のやなせたかし氏が13日、心不全で亡くなった。94歳だった。東日本震災後、当サイトでやなせたかし氏にインタビューしたフリーライターの神田憲行氏が悼む。
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私がやなせたかし先生にお会いしたのは、東日本震災からひと月ちょっとした2011年4月13日のことだった。少しお耳が遠い以外はご高齢にもかかわらず、かくしゃくとしたご様子で、自ら「アンパンマンのマーチ」を歌って美声を披露されるひと幕もあった。
取材のテーマは、当時の被災地で「アンパンマンのマーチ」が人々を勇気づけていることを受けて、その感想とやなせ先生が「アンパンマン」を通じて訴える「正義」についてだった。詳しいインタビューはまだこのサイトに残っているので、是非読んで欲しい。
2011.05.02 16:00「アンパンマンから日本人へ「なんのために生まれて生きるのか」
2011.05.03 16:00「やなせたかし氏 日本人の正義とは困った人にパン差し出すこと」
いま大ざっぱに要約すれば、やなせ先生の「正義」とは「弱い者に救いの手をさしのべること」だ。第二次世界大戦中、やなせ先生は砲兵として中国に駐留していた。しかし戦後、全ての価値観がひっくり返されて、正義も相対化されていく。そのなかでやなせ先生がたどりついた「絶対的な正義」とは、飢えに苦しんだ兵隊時代の記憶だった。そこから「自分を食べさせて人を救う」ヒーローが生まれた。
「ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を『正義』と呼ぶのです。なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても『正しいこと』には変わりません。絶対的な正義なのです」
3月11日が巡ってくるたびに、私はやなせ先生のこの言葉を思い出していた。震災から2年たった今年の3月11日の時点で、仮設住宅などで避難生活を送る人はまだ31万人もいた。避難先で将来に絶望し、自ら命を絶つ人もいるという。果たしてやなせ先生のいう「正義」がこの国で行われているのか、明らかだろう。
インタビューの最後に、「この国は復興しますか」という私の質問とも嘆きともつかない言葉に、やなせ先生は大きな笑みをもって応えてくれた。
「出来るのに決まってるじゃないか!」
しかし復興どころか、困っている人々が助けられる姿を見ないまま、やなせ先生は逝ってしまわれた。それは偉大な才能の喪失だけでなく、この国から「正義感」が失われたことも意味する。私はいま、呆然としている。