大リーグで活躍し続けるイチローと、ホームランバッターとして活躍しながら、選手人生の後半は故障に泣いた清原和博。長野県の諏訪中央病院名誉院長でベストセラー『がんばらない』ほか著書を多数持ち、最近『○に近い△を生きる 「正論」や「正解」にだまされるな』(ポプラ新書)を上梓した鎌田實氏が、対照的な二人の野球選手を比べて分析する。
* * *
最近、僕は、『○に近い△を生きる 「正論」や「正解」にだまされるな』という本を上梓した。僕はたった1つの正解に縛られないで、ほかにいくつもある“別解”の中から○に近い△を選ぶことも大切だと思っている。会社の中でも、家庭でも、“正論”や“正解”に振り回されすぎると良くない結果になることがあるからだ。
ニューヨーク・ヤンキースに所属するイチローが日米通算4000本安打という記録を打ち立てた。イチローは、高校時代は4番でエース。打率は7割だったそうだ。天才といわれたが、プロに入ってからは、振り子打法が嫌われて、今までの“常識”通りの打法に転向するよう迫られた。しかしイチローは自分流の振り子打法にこだわり続けた。イチローは「正解は1つじゃない」と知っていたのだろう。4000本安打達成の談話が凄い。
「誇れることがあるとすると、4000のヒットを打つには、8000回以上は悔しい思いをしてきている。それと常に自分なりに向き合ってきたという事実があるので、誇れるとしたらそこじゃないですかね」
僕たちはどうしても4000という金字塔に目が行くが、彼は8000という失敗に目を向けているのだ。これまで僕は、イチローを大好きな清原和博さんと比べて分析してきた。それが顕著なのは、ネクストバッターズボックスでの様子だ。
イチローがいつも見せる動作は、ほとんど脱力系である。相撲のシコを踏むように両足を広げてストレッチしながら、実際に打つときにパワーを集中させるためにピッチャーを見たりしている。
一方の清原さんは、精悍なガングロで筋肉もりもり、威圧的な目でピッチャーを睨みつける。そしてバッターボックスに向かってのしのしと歩いて行く。さながらプロレスラーの入場のようなのだ。
バッターボックスに入り、清原さんに威圧されたピッチャーが投球ミスし、出会いがしらの一発で、感動的なホームランを打つケースも多かった。故障に泣いた選手人生の後半は、一流のバッターとしては、必ずしも満足のいくものではなかった。
スポーツというのは、闘いである。しかし、闘いという“正論”にされ、清原さんは力を入れすぎてしまったことが、イチローほどの偉大な成績を残せなかった原因かもしれない。
実は、僕はずっと清原さんのメンタルトレーナーになりたいなあ、と思っていた。“正論”にこだわりすぎたから、うまくいかなかったのでは、と思っている。僕なら○に近い△でいいんじゃないかと、清原さんに告げられたと思うのだ。夢のような話だけども――。
※週刊ポスト2013年11月1日号