10月28日昼頃、北京の天安門に突入した自動車が炎上。当局発表によると、SUV型のベンツで、新疆ウイグル自治区のナンバーをつけていたという。乗っていたウイグル族の夫婦とその母親の3人が死亡。当局は犯行グループの一員として計5人を拘束した。
そして、事件からわずか4時間後、炎上した車は跡形もなく片づけられ、広場は普段通りに公開された。だが、事件処理には不自然な点が多い。北京のホテルで働く日本人男性は、興味深い証言をする。
「事件直後、公安(警察)が市内のホテルに、事件概要を記した“壁新聞”を貼って回った。そこにはウイグル族が犯人だと名指しされており、何か知っていることがあれば通報せよ、と書かれていた。まるで前から準備していたようで、その用意周到さには驚いた」
そもそも、ウイグル族が北京のホテルに宿泊する際には、ホテル側が公安に報告をするため、わざわざ“手配書”を撒く必要がない。
中国から亡命したウイグル人などで組織される「世界ウイグル会議」副総裁のイリハム・マハムティ氏がいう。
「中国ではウイグル人は公安の監視対象になっており、3人集まるとすぐに尾行されるから、テロなど容易に起こせるはずがない。もしウイグル人の犯行だというのなら、中国政府はなぜ事件の痕跡をマスコミに公開しないですぐに片づけたのか。
残されていたというウイグルの旗などが報道されれば『ウイグル人は悪い奴らだ』ということを世界中に知らしめることができるのに。すぐに片づけてしまうこと自体、同胞の犯行ではなかった証拠ではないか」
イリハム氏が続ける。
「そもそも、ウイグル人にとって、母親は家族の中で最も敬愛される存在だ。母や妻を事件に巻き込むなど、ウイグル人の常識からいってあり得ない。
また、食べるものにも困窮するようなウイグル人が、どうしてベンツのような高級車を所有できるのか。しかも、自治区から北京までは3000キロ以上も離れていて、自動車で数日間かかる。道中、ウイグル人のベンツというだけで、検問や当局の取り調べが無数にある。とてもじゃないが、天安門でのテロは無理だ」
それでも北京政府はテロだと言い張り、事件の背後に国際テロ組織「東トルキスタン・イスラム運動(ETMI)」の指示があったと発表した。当局は内外に「反テロ活動」の取り締まり強化を予告したわけだ。だが、イリハム氏はいう。
「ETMIという組織そのものに実体がない。どこにあるのかウイグル人でさえ、誰も知らない。私も10数年来、この活動をしているが、聞いたこともない。今回の事故も、ETMIも、ウイグル人弾圧の口実として、でっちあげられたものだ」
※週刊ポスト2013年11月22日号