「タバコが吸える店に入るか入らないかはお客さんの選択に任せるべき。これ以上、条例を厳しくしたら、われわれのような小さな飲食店は常連客を失って次々とツブれてしまう」
今年8月より神奈川県で「受動喫煙防止条例」の見直し、つまり屋内の“全面禁煙化”を目指して規制強化のための検討部会が重ねられた。その席上でこう窮状を訴えたのは、神奈川県喫茶飲食生活衛生同業組合理事長の八亀忠勝氏である。
「私が経営する店はお客さんの8割が喫煙者。朝からゆっくりとコーヒー1杯を飲み、タバコを3、4本吸って帰るのを日課にしている人も多いんです。もちろん吸わない人のために離れた席に禁煙席を用意したり、時間帯によって禁煙にしたりするなど配慮はしていますよ。それを<全面禁煙>なんかにしたら、すぐに死活問題に発展します」(八亀氏)
八亀氏は県内で3店舗の喫茶店を経営しているが、もう1店、横浜市の関連施設内に出店していた喫茶店は、施設全体が禁煙になったことで売り上げが半減。事実、店を畳んでしまったという。
現行の条例では、八亀氏のように床面積100平方メートル以下の小規模店舗は禁煙か分煙を選ぶことを「努力義務」としていたが、検討部会ではどちらか必ず選ばなくてはならないとする強硬案が出ていたという。八亀氏が続ける。
「仮に完全分煙を選択したとしても、県の条例に見合った分煙施設をつくるには、仕切りや給排気設備の工事費だけで最低でも400万円以上します。ビル内にある店は簡単に改装できないでしょうし、そもそも個人で細々とやっているような店にとっては、そんな費用を捻出する余裕もないのです」
結局、神奈川県はこうした現場の悲痛な叫びを考慮して、今回は規制強化は見送る方針だが、「一度条例ができたら厳しくなることはあっても、なくなることはない」(横浜市内の飲食店主)と、今後の見直しには諦めムードも漂っている。
“神奈川ルール”を反面教師に、行政に縛られる前に喫煙者と非喫煙者が共存できる社会を民間の力で実現させようとしている街もある。『サンモール』や『ブロードウェイ』といった大きな商店街を抱え、路地裏には昔ながらの個人経営店も残る東京都・中野区だ。
昨年、地域内外の人たちに向けた“おもてなし活動”を強化する目的で、民間の有志らが「中野区観光協会」を設立した。その理事長である宮島茂明氏がいう。
「タバコは嗜好品として国が認めているものですし、自治体は税金で潤っている面もある。それなのにダメ、ダメと喫煙者を締め出すのはおかしいと思います。むしろ、ルールやマナーを守れば堂々と吸えますよという情報発信をすれば、非喫煙者との共存もできるのではないでしょうか」
同協会では、おもてなし活動の一環として、区内の喫煙スペースや喫煙可能なの飲食店などを明記した街歩きマップを作成して駅構内や区の施設に置いている。また、中野区の地形をタバコの煙に見立てた「喫煙ルールステッカー」を飲食店などに配布。来店客に喫煙、禁煙、分煙が一目で分かるよう店頭表示を呼び掛けている。
「中野は駅周辺の再開発で大学や大手企業の移転が進んでいます。そのため、他地域からの流入者も多く、昼間の人口は2万人以上増える見込みです。そこで、いろんな方たちが気持ちよく過ごせるよう、分煙活動の推進も含めて街の整備をしっかりすることで、『中野ってこういう街なんだ』と再評価してもらえると考えています」(宮島氏)
中野には商店街のある北口だけでも3か所のスモーキングエリアが目立つ場所にあり、歩きタバコや吸い殻のポイ捨て防止につながっているという。一方、前出の神奈川はどうか。
「主要駅の周辺に喫煙所がないばかりか、コンビニや飲食店の店先に灰皿を設置すると通行人が集まってくるから撤去する店が多い。そのうえ、飲食店の中でも吸えないとなったら、喫煙者は結局、喫煙スペースを探し歩いた挙句、路地裏に隠れて吸うしかない。マナーはかえって悪くなるばかりです」(前出・八亀氏)
規制で雁字搦めのルールを作らない限り、本当に喫煙者も禁煙者も互いに気遣えない社会なのだろうか。中野のような“分煙タウン”の取り組みを通じて改めて検証していく必要がありそうだ。