映像のインパクトは容易に国境を超える。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が、話題のCMについて言及した。
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そのCM動画の閲覧回数は、公開3週間で530万回(12月11日時点)。これって、ものすごい数らしい。閲覧した人の国・地域を解析すると「200以上の国・地域に上る」と、西日本新聞経済電子版も驚きをもって報じています。
世界中の人が関心を寄せるCM。実は、福岡の小さなタイヤ通販会社が、低予算で制作したものらしい。タイトルは「雪道コワイ」。
世界中の人々が見てしまう。見て拡散させてしまう「怖いCM」って、いったい何なの? 聞けば聞くほど、その中味を知りたくなります。
動画の冒頭、わざわざ「CAUTION(警告)」という言葉と黄色い三角の警告マークが提示される。「心臓の弱い方などは視聴をご注意ください」と書かれている。ますます、興味がつのる。
動画が始まる。闇の中の雪道。スピードを出して走る車。タイヤの音。視界は悪い。凍結した地面。ズルッと横スベりするタイヤ。そして、道の先の方にぼうっと白い物体が。人? 本当に人?……見ていない人の楽しみを奪ってはいけないので、ここで止めます。
CMの第一印象はドキっ! 心臓がバクッ! 威かしの表現、という感じがしなくもない。
この感じ、何かによく似ている。どこかで体験したことがある。そうだ! お化け屋敷のショックだ。あの感じに通じている……。
これはネット上のCMです。私たちはただ単に、二次元の画面を「見ている」にすぎないのに。まるで、空間を体験するような臨場感。しんしんと雪が落ちてくる暗い道。自分が雪の中を進んでいるような、そこに居るような感覚になればなるほど、CMの仕掛けにハマってドキリとさせられてしまう。
キーワードは臨場感、しずる感、没入感、想定外、サプライズ。新しい広告表現手法を考える手かがりが、このCMから紐解けそうです。「五感」というテーマで取材を続けてきた私からすれば、このCMは視覚的な表現の工夫みならず、聴覚的表現の工夫が随所に潜んでいそうです。
ためしに音を消して、CMを見てみてください。いかに「驚き」のレベルがショボくなるか。低下するか。実感できるはずです。
私たちは音で空間を感じとる。没入感を得る。そして、音で危険を察知する。爆発音や破裂音を聞いた時には、さっと身構える。考える前に、音に体が反応するのです。
予期しないことが起きてびっくりした瞬間、脳の中にドーパミンが出る、という実験結果も報告されています。このCMが200か国以上で話題になり拡散した一因に、聴覚表現の上手さがあるのでは。もちろん、日本の冬の風物詩に対する関心も多少は寄与しているでしょうが。
人の感覚にどう働きかけるか。それを考えることで、ネット上のCMにまだまだ新しい表現が生まれてくる可能性がある。個人的には、単なる強烈な刺激より、ショックが静かな感動へとつながっていくような広告表現が登場してくることを期待しています。