現在もチベット各地では僧侶や市民によるデモ、治安当局との小競り合いが散発的に発生、当局の弾圧も強化されて情勢は悪化している。
ラサでは私服の公安警察官が徘徊し、街頭に設置された無数のカメラがチベット人の動向を絶えず監視している。不穏な動きを察知すれば、直ちに公安が駆けつけ警察署に連行する。ビルの屋上に50~100m間隔でスナイパーが配置されているのは、偶発的な事態に対処するためだ。
チベットでは公の場で3人以上集まると「集会」と見なされ身柄を拘束されることがある。近年、チベット人の焼身による抗議が相次いでいるのは、「抗議の声すら上げられなくなった」という絶望感と無関係ではないだろう。11月12日にも、中国青海省のゴロク・チベット自治州で僧侶の焼身自殺が発生。「チベットに自由を」と叫び炎に包まれた僧侶は弱冠20歳だった。2008年のラサ騒乱以降、焼身自殺者は120名を超えた。
インド・ダラムサラで亡命チベット人の支援活動を行なう中原一博氏が語る。
「2008年に中国政府に対する抗議ビラを撒いた僧侶11人が逮捕、有罪となり四川省のメンヤン刑務所に収監された。最近、その内の2人が解放されたが、1人は足と腰に重傷を負っており、非常に衰弱した状態だった。もう1人は半身不随となり精神に異常をきたしていた。僧侶を解放したのは、責任問題となる監獄内拷問死を避けるためだ」
中原氏が続ける。
「公安は政治犯と見なせば女子供にも容赦がない。2012年、四川省のカンゼ州・タンゴ県で発生した1000人規模のデモでは当局の無差別発砲で2人が死亡。当局は逃走したデモ参加者を執拗に追い山狩りをした。ある僧侶は自宅で発見され、弟とともに射殺された。武装警察は彼らの母親と泣き叫ぶ弟の子供たちにも銃口を向け、5人の子供が撃たれて負傷した」
警察に連行されたチベット人は、凄惨な拷問を受ける。ある男性はすべての指の爪の間に竹串を打ち込まれ、生爪をはがされた。また、「チベットはわれわれの国」という貼り紙をして検挙された僧侶は、後頭部を警棒で強打され眼球が突出、視神経が切断され失明した。これらはすべて、後にチベットを脱出した人々から得た証言だ。「公安の拷問を受けるなら、焼身で抗議の意思を示すほうがマシだ」との悲痛な声もある。
こうした惨状を伝えるためチベットに潜入したジャーナリストが、当局の脅しを受けることもある。5月にチベット取材を敢行したフランス人ジャーナリストのシリル・パヤン氏は活動拠点のタイに戻った途端、中国大使館から「フランスでオンエアされたリポートについて説明せよ」と大使館への出頭を要請された。パヤン氏が拒否すると、大使館側は「責任を取ってもらう」と脅迫したという。もし出頭に応じていれば、身の安全は保障されなかっただろう。
※取材・文/路山蔵人(ジャーナリスト)
※SAPIO2014年1月号