水不足に悩む中国。特に北部は南部に比べ、水資源が乏しく問題は深刻だ。経済発展を何よりも優先してきた中国政府も、国家の存続を脅かす水問題に対応せざるを得ない。巨費を投じて推進してきたのが「南水北調」プロジェクトだ。簡単に言えばまだ水のある南部から北部に水を運ぼうという計画で、総計3000kmもの運河などを作る壮大な事業である。いかにも中国らしい発想だ。
『中国の環境政策〈南水北調〉』の著者で、中国の水問題に詳しい神戸女子大学教授の小林善文氏が解説する。
「江蘇省揚州付近の長江下流から天津や山東半島に運ぶ『東線工程』(全長1156km)、漢江上流にある丹江口ダムの水を北京や天津まで運ぶ『中線工程』(全長1246km)、長江やメコン川などの上流域と黄河の上流域をつなぐ『西線工程』の3ルートからなるプロジェクトです。西線はまだ計画段階ですが、東線と中線はほぼ完成し、一部で稼働しています」
50年の完成を目指して工事が進められており、西線まで完成すれば北京市、山東省、河北省の年間水使用量に相当する年450億立方メートルの水を北部に運ぶことができるとされる。総工費は5000億元(8兆円)近くが見込まれていたが、小林氏は「全体でいったいいくらかかるのか、実際にはわからない」と指摘する。
「東線、中線だけで総額3250億元(約5兆円)が投じられている。未着工の西線ではさらに3000億元が見込まれ、6000億元は軽くオーバーする。しかも西線は海抜4000m級のチベット高原などに堤高300m級のダムや総延長200kmのトンネルを建設しなければならず、その施工は極めて困難。予定を上回るコストがかかることは容易に想像できる」
それでも水不足が解消されるわけではない。小林氏が指摘する。
「北京市当局は中線の第1期、第2期の竣工に伴って年間32億立方メートルが送水され、地下水の汲み上げを4.33億立方メートル削減できるとみている。だが、その程度の量で拡大の一途をたどる地下水汲み上げを抑制できるかどうか疑問だ」