著書『私に1分間時間を下さい!』(祥伝社)を上梓した元NHKアナウンサーの鈴木健二さん(84才)。
大晦日恒例のNHK紅白歌合戦の司会を、という依頼があったとき、著者は断った。1983(昭和58)年のことである。
紅白の司会者は昔も今も、その年の顔というべき人気者が務めている。前年までは白組の司会は主に芸能に強い、人気の局アナが担当してきた。
著者は人気の点では申し分ない。1981年から7年にわたって放送され、司会を務めた『クイズ面白ゼミナール』(NHK)は、40%を超える高視聴率を叩き出し、お茶の間には番組の中で名乗った「教授」のニックネームで親しまれていた。ほぼ同時期に出版された著書『気くばりのすすめ』(講談社)は330万部を超える大ベストセラー。知名度の高さは抜群。だけど、芸能や歌番組にはうとい。
「自分の担当する番組に追われていますからね。自分が出ないテレビはほとんど見る機会がなかった。紅白も見たことがなく、歌手やヒット曲にも興味なし、まったくというほど知りませんでした」(鈴木さん・以下「」内同)
そんな著者に、「紅白の視聴率が70%台から60%台に落ちてしまって、NHKの凋落と叩かれるものですから、教授、なんとかしてください」とスタッフ。日頃から視聴率など少しも気にしていなかったが、
「NHKの凋落などと書きたてられたんじゃあ、忠実な職員としては我慢がならねえ。やってやろうじゃないか。私のやりたいようにやらしてくれねえか」
やると決めた以上、独自に資料を集めて出場歌手の名前と歌を覚え、どうしたら注目度を上げられるか、まさに寝食を惜しんでの研究だった。
「途中で歌を忘れた歌手がいたら、代わりに歌おうというくらいの意気込みで、テープで何度も聴いて、自分でも口ずさめるところまで覚えました。でも、ポップスはだめでしたねえ。歌詞というより、作文に曲がついて、突然英語が飛び込んでくるような歌は、私のような世代にはお手上げでした(笑い)」
なお、この年、紅組の司会は黒柳徹子、総合司会がタモリという豪華さ。
準備を進めた著者は、「自分はチンドン屋さんになろう」と決め、トレードマークの眼鏡と衣装を登場歌手ごとに変えるという演出を思いつく。なかでも、最も力を入れたのは、初出場・梅沢富美男の登場シーン。女形で人気の梅沢だから、女装で登場するものと推測し、自分も文金高島田のかつらと大振袖で女装して紹介することに。ところが、なんと梅沢は背広で登場。
相手が売れっ子の歌手ゆえに、事前の挨拶や簡単な打ち合わせもできなかったための行き違いだった。
著者は、衣装をとっかえひっかえしたことのすべてが無駄だったと思うほど落ち込んだという。しかし、客席や茶の間は大爆笑、充分に楽しみ、結果は白組の優勝、視聴率は70%台を回復した。
※女性セブン2014年1月9・16日号