自分が若者だった頃の記憶は棚に上げ、上司が新米部下を叱るときの常套句が、「最近の若者は××だ」である。これを口にすると年を取ったのを認めるようで嫌なのだが、それでも、叫ばずにはいられないのが最近の若者の字の汚さだ。看過しがたい若者のイマドキ文字の背景を探る。
「明らかに、上司は僕が提出した報告書だけちゃんと読んでいません。字のせいです。このままでは評価が下がってしまうのではないかと心配です」(23歳営業)
「うちは、始末書は手書きというのがルール。書いて出したら、『バカにしてるのか』と重ねて怒られました」(25歳販売)
字が汚いくらいでこれほどまで理不尽な目に遭うとは……そう口にする若者たちは一様にこう嘆く。
「こんなことなら社会に出る前に、もっと字の練習をしておくべきだった」
若者は美しい文字と無縁だった学生時代を悔やんでいる。若者たちは学校で「きれいに字を書く」指導を受けなかったのか。
「最近、左利きの子が増えたんです」
元中学校教諭で現役の書道教室講師の末並純子さん(77歳)は話す。
「親は『この子の個性を伸ばしたい』として左利きを矯正しようとしない。もちろん左利きが悪いというわけではないけど、きちんと毛筆で書くのは左利きでは難しい。それどころか鉛筆を正しく持てない子供が増えています。字がきれい、汚い以前の問題です。
下手だけど温かみがある、下手だけどあなたらしい……といった具合に字が汚くても指導の対象にならない。個性が大事なのはわかるけど、きれいな字を身につけてからではないですか。基礎をないがしろにして個性だなんて、どうかしています」
かつては学校帰りの子供で賑わった書道教室も、昨今のトレンドは英会話教室。「日本語もおろそかな小さな子供に英会話も何もないと思うんですけど」と末並さんのボヤキは続く。
一方、精神科医の和田秀樹氏は、子供たちへの教育方針以前に、幼少時の家庭でのしつけを指摘する。
「原則論として字の汚さは幼少時の家庭環境に由来します。例えば、おむつからトイレに移行するとき、親は幼児にトイレットトレーニングをしつけます。『絶対に汚しちゃダメ』といわれた幼児は細かいところに気をとめる性格になる。昔はそれが一様に厳しかったけど、ちょっとしたことに目くじらを立てることを最近の親は良しとしない」
「おおらかに」「ゆとりを持って」育てるのが最近の子育ての主流。その延長線上に汚い字すら個性として許容する学校教育がある。しかし、そうして育った結果が、礼状や始末書を書く度に恥ずかしい思いに駆られる社会人生活につながっているのだとすれば何とも皮肉な話だ。
※週刊ポスト2014年2月28日号