「靖国参拝の是非はともかく、タイミングが悪すぎた」──安全保障問題に通じ、「集団的自衛権の行使容認」といった安倍政権の政策目標に関しては評価する元防衛事務次官・守屋武昌氏はこう苦言を呈する。
「国際秩序を無視した中国の海洋進出を防ぐという目標は日米とも同じ。安倍首相が行使容認を検討する集団的自衛権は、日米の繋がりをより緊密化するもので、安倍首相への期待も米国内で高かった。そうした日米の結び付きをどうにかして切り崩したいのが中国の立場。しかし、安倍首相や側近たちが中国に付け入る隙を与えてしまいかねない」
第2次安倍政権発足以降、最初に米国政府の逆鱗に触れたのは、実は中国だった。昨年11月、戦闘機が緊急発進する基準となる「防空識別圏(ADIZ)」を東シナ海上空に設定。その大部分は日本のADIZと重なる。日本のADIZは戦後、米国が設定したものだ。
「中国の行為は、米国が作った戦後の東アジアの秩序への挑戦に映った」(米政府の軍事シンクタンク職員)
それまで中国には“弱腰姿勢”だったオバマ政権内に警戒論が広がり、「尖閣諸島への関与の強化すら検討されていた」(同前)という。ところが安倍首相による靖国参拝が流れを変えた。
「それまで中国の度重なる挑発に苦しめられている日本の立場に同情していたのですが、安倍首相の靖国参拝でその同情心が抑えられてしまった。『平和を望んでいる』という日本のメッセージが懐疑的に受け止められるようになりました」(日本政治に詳しいカリフォルニア大学バークレー校教授のスティーブン・ヴォーゲル氏)
ケリー国務長官の「失望」発言を受け、中国はすぐさま靖国参拝を「戦後国際秩序への挑戦」(秦剛外務省報道局長)と位置付け、米国と歩調を合わせるように批判を強めた。
「自ら(中国)も戦後国際秩序の一翼を担っているんだ、という既成事実を作ろうとした。“靖国参拝反対”なら、米国と連携できることを知っていた」(前出・軍事シンクタンク職員)
国際秩序を守る“世界の警察”を自任する米国と、世界の中心たらんとする“中華思想”を持つ中国は、本来は相容れない。しかし、日本という存在が“米中の接着剤”となっているという現実は何たる皮肉だろう。
「靖国参拝など安倍首相がしていることはどれも中国に有利に働いている。鳩山(由紀夫)首相は中国寄りと言われていましたが、結果を見れば安倍首相の方がもっと中国を利している」(スタンフォード大学アジア太平洋研究センター副所長・ダニエル・スナイダー氏)
※週刊ポスト2014年3月14日号