進学や就職など、多くの人が新しい世界に飛び込むこの季節。最近ではそういったタイミングに合わせて歯の矯正やホワイトニングなどを行う人も少なくないが、時にそうした努力が悲劇を招くケースもある。別の歯医者が矯正の稚拙さを指摘したような場合、治療費の全額返還は可能なのだろうか? 弁護士の竹下正己氏はこう回答している。
【質問】
娘の悩みです。2年前から歯科医院で歯の矯正をしています。先日、急に歯痛になり、別の歯医者に診てもらったところ、「矯正の治療がヒドい。これでは歯はよくならない」との指摘。その歯科医院には月に一度通院し、100万円以上の治療費を支払っています。医院に治療費の全額返還を要求できますか。
【回答】
お嬢さんが受けているのは歯の病気の治療ではなく、矯正であり審美的な効果を狙ったもので、美容整形などと同様に、果たして治療といえるか疑問です。医療ミスが問題になるケースでも、通常の診療行為に比べて医師の注意義務は軽くなることが多いようです。さらに、お嬢さんの場合、以前より悪くなったというのではなく、期待した効果が上がらないという状態です。
しかし、当該歯科医は、お嬢さんの依頼を受け、歯の矯正の目的で診療契約を締結したのですから、契約の目的に沿った治療を誠実に行なう義務があります。他医のいうとおり効果が上がらない治療法であるとすれば、この診療契約違反になります。そこで契約を解除して、治療費の返金を求めることは可能です。
また、現在の治療法に効果がないことが歯科医であればわかるはずといえる場合、効果があるとお嬢さんをだまして、効果が上がらない治療法を2年継続し、高額の報酬を取っていたことになり、不法行為として、これまで支払った医療費を損害として賠償請求できます。
まずは、権威のある歯科医師による治療法の評価が必要です。大きな効果は期待できないが、徐々に改善していく場合には、当然に診療契約の違反や詐欺とはいえません。とはいえ、治療効果の説明があれば、効果が乏しいことがわかって治療を受けなかったといえる場合には、医師の説明義務違反になり、治療費を損害賠償請求できる可能性もあります。
過失相殺となることも予想されますが、診療契約には消費者契約法の適用があります。治療による審美効果に事実と反する誇大説明があって、お嬢さんがその旨、誤認した場合には、同法により診療契約を取り消して報酬の返還も期待できます。消費者センターなどへの相談も有効です。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2014年4月25日号