張成沢・前国防副委員長の処刑後、ナンバー2の座についた崔竜海・軍総政治局長の粛清説が流れた。恐怖政治が敷かれる北朝鮮で、権力中枢に何が起きているのか。
「昨年、わが党は党内に蔓延る汚物を除去した」──。
金正恩は今年頭の辞で、義理の叔父である張成沢とその一派の粛清劇をそう表現した。「逆賊は容赦しない」という意思を改めて示すことで、独裁体制をより強固にする狙いがあったと見られる。
「金正恩は、中国との太いパイプを背景に経済開放を独断専行し、利権と影響力の拡大を狙った張成沢を許さなかった。粛清を首謀したのは、対立関係にある軍総政治局長の崔竜海と労働党組織指導部第1副部長の趙延俊だ。彼らは公安組織の国家安全保衛部を巻き込み、張の不正を暴くことで正恩に忠誠を示した」(韓国紙記者)
デイリーNK東京支局長の高英起氏は「張成沢の粛清後、金正恩の暴走はさらに加速した」という。
「崔竜海は、今年に入り数週間も公の場に姿を見せず粛清説が流れました。実際は糖尿の悪化による体調不良でしたが、いつそうした状況に追い込まれても不思議ではない。私は、金正恩政権の最高幹部は崔ではなく、趙延俊と金慶玉(いずれも党組織指導部第1副部長)と見ています。また、正恩の事実上の右腕は張の摘発を指揮した国家安全保衛部長の金元弘で、徹底した監視・統制を敷いて党や軍に睨みを利かせています。ひとたび正恩の不興を買えば、たとえ最高幹部でも張と同様の運命を辿るでしょう」
粛清の嵐は政権外部にも及んでいる。3月12日の「ラジオ自由アジア」は北朝鮮情報筋の話として、張成沢に近いと見られる国民的俳優や歌手40人余りが強制収容所に収監されたと報じた。
そうした正恩の圧政に、軍や国民は疲弊している。東京新聞編集委員の五味洋治氏が語る。
「軍の最前線部隊では栄養失調が蔓延し、脱営兵が例年の7~8倍に増えています。兵士の入隊基準は1990年代の『身長150cm、体重48kg以上』から、『143cm、37kg以上』に引き下げられたとの情報もあります」
一般市民の食糧事情も深刻さを増している。
「配給制度が崩壊している北朝鮮は昨年、全国民への配給正常化を宣言したが未だ実現せず、今年1月に米が配られたのは平壌市民だけでした。現政権下では中朝国境警備が厳重になり、国民の経済活動は停滞しています」(高氏)
山梨学院大学経営情報学部教授の宮塚利雄氏もこう話す。
「現地情報では今冬も多くの方が飢えと寒さで亡くなっています。張成沢の処刑後は思想統制もより厳しくなり、いまや金ファミリーの話題は最大のタブーとなっています」
※SAPIO2014年5月号