安倍晋三首相は5月29日、北朝鮮が全ての拉致被害者および拉致の可能性が排除できない特定失踪者について全面的調査をすると約束したことを明らかにした。
安倍政権はいま、“アメとムチ”を使い分けて北に決断を迫っている。アメは北朝鮮がこだわる朝鮮総連本部ビルの保全だ。競売にかけられていた同ビルは今年3月、不動産会社「マルナカ」が落札したが、ひそかに売却話が持ち上がっているという。
「買い手として名前が挙がっているのは日本政府の“関連企業”。北が交渉に応じるなら、政府と繋がりのある民間企業に意を含めてビルを買わせておき、将来は“北朝鮮大使館”として使わせてやってもいいというサインだ」(公安筋)
一方のムチは、この5月に入って神奈川県警、京都府警などが総連関連企業に一斉に不正輸出の容疑で強制捜査をかけたことである。その中には、許宗萬・朝鮮総連議長の次男の自宅や社長を務めていた企業もあった。いまのところ関係者の逮捕には至っていないが、「安倍政権は日朝交渉が空振りになれば、朝鮮総連を解体に追い込むくらいの制裁をする姿勢を見せている」(同前)というのだ。
実は、ここが正念場なのは安倍首相も金正恩と同じ。経済面ではアベノミクスが息切れのうえに、消費税増税不況が忍び寄り、外交では米中韓との関係悪化を乗り切る道筋が見えていない。安倍側近議員が語る。
「総理は拉致問題の解決に加えて、金正恩との首脳会談で北の核開発問題の解決を謳った小泉時代の日朝平壌宣言を再確認し、東アジアの安定に道を拓く成果をあげたいと考えている。
日朝国交正常化は総理の看板の“戦後レジームからの脱却”の大きな一歩になる。オバマ大統領はこれまでに北の核開発問題解決に何の成果もあげていないから、総理が道筋をつけることができれば、それこそ大嫌いなオバマ大統領の鼻を明かすことができる。そのためにはなんとしても訪朝したいと並々ならぬ意欲を燃やしている」
オバマ大統領を見返したい安倍首相と、中国の習主席に一矢報いたい金正恩。ともに3代目の“坊ちゃん政治家”でもある。安倍首相は最近、周囲に「俺はオバマより金正恩のほうが気が合う」とこぼしているというが、まんざらジョークでもないのだろう。
しかし、安倍訪朝が実現したとしても、それが本当に外交的評価につながるかは別問題だ。『コリア・レポート』の辺真一編集長はこう語る。
「安倍首相は拉致被害者の『全員生存、全員帰国』まで国交正常化はないといってきた。今回、北が何人かを帰国させても、まだ多くの行方不明者が残っている。最終的に何人で決着をつけるかは安倍首相の政治判断になるが、いずれにせよ、国民から“その程度で決着させるのか”と批判があがるのは覚悟しなければならない。現実問題として、被害者が本当に死亡していたとしても、遺族や国民が納得するような解決は非常に難しい」
※週刊ポスト2014年6月13日号