6月12日の朝。都内のドラッグストアに駆け込み、「ナロンメディカルありますか?」と、解熱鎮痛剤の名前を挙げると、薬剤師が「どんな症状ですか」と質問してきた。
「高校生の娘が熱を出して寝込んでいるんです」
そう説明すると薬剤師はちょっと困った表情を浮かべ、こう返してきた。
「この薬はご本人じゃないと売ることができなくなったんです。他の薬にされてはどうですか」
そして他の棚から、いくつかの別の鎮痛剤を出して「これなら代理の方でもお買い上げいただけます」と並べたのである。
「本人にしか売れない」といわれても、熱でうなされている娘に、「自分で買いに行け」といえるはずがない。そもそも、発熱や我慢できない痛みの際に服用する解熱鎮痛剤を「本人が買いに来い」とは理解に苦しむ対応だ。別のドラッグストアではこんな注文をした。
「エルペインコーワはありますか。家内に買ってきてほしいと頼まれたんです」
男は使わない生理痛の専用薬である。ここでも、薬剤師に「ご本人じゃないと」と、断わられた。
「いつもこの薬を飲んでいるそうです」と頼んでも、「法律でご本人以外に売ることはできなくなったんですよ」と申し訳なさそうに繰り返した。
実はこれらの薬、前日までは誰でも買えたものである。6月12日に改正薬事法が施行された。この改正法によって不条理な規制が国民に課されることになったのだ──。
医薬品のネット販売解禁をめぐる昨年の大騒動を覚えている読者は多いはずだ。安倍晋三首相は昨年6月の成長戦略スピーチで「すべての一般医薬品の販売を解禁します」と宣言し、同12月に改正薬事法が成立、大新聞は〈薬ネット販売99%超解禁〉(日経新聞)などと報じた。
ところが、その結果生まれたのが国民の利便性を向上させる規制緩和とは正反対の、薬局での販売規制強化だった。
どんな法改正が行なわれたのか。改正薬事法では、薬局で処方箋なしで買える大衆薬の99.8%がネットで販売できるようになった代わりに、それまで薬局で誰でも買えた0.2%の薬(現在は20品目)が「要指導医薬品」という新たな分類に指定され、ネット販売できないだけでなく、薬局の店頭でも「本人への対面販売」が義務付けられた。
※週刊ポスト2014年6月27日号