「ひまわり学生運動」と称された学生による国会占拠に続き、反原発デモなど社会が騒然としてきた台湾。野党・民進党は新しい党首を選んで、早くも再来年の総統選挙に向け動き始めた。この激動のきっかけは馬英九・政権の親中国政策だった。日米という古くからの盟友と”新しい友人”を天秤にかける馬政権の姿勢は国民の間に大きな路線対立を引き起こした。台湾の現状をジャーナリスト・相馬勝氏が現地からリポートする。
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「ダン、ダン、ダン!」
ホールに響き渡る巨大な打撃音に、一瞬、人々の間に緊張が走り、喧噪がウソのように引いて沈黙が場を包む。
台北市の中心部にある中正紀念堂。巨大な堂内に鎮座する蒋介石総統の座像を守る儀仗兵の1人が、右手に持っていた剣付き銃の銃床を床に叩き付けた。
紀念堂の儀仗兵は、普段はまるで蝋人形のように微動だにしないことで有名だ。兵士が汗をかけば傍らの衛兵がハンカチで拭い、軍装の乱れを直すなどの世話をする。
しかし、彼らはただのパフォーマーではない。建国の英雄を守る任務を負うれっきとした兵士だ。大きな衝撃音を立てたのは、不届き者に警告を与えるためである。5月の平日だったこの日、紀念堂は中国大陸からの観光客でごった返し、カメラを手にした一団は、像の前に張られたロープから大きく乗り出して大騒ぎしていた。しかも、「蒋介石は毛沢東主席に負けて台湾に逃げてきたのだ」などと儀仗兵の神経を逆なでする解説をする者もいた。
台湾人兵士にとって中正紀念堂は神聖な場所だ。陸海空軍から選りすぐられたエリートである儀仗兵にとって、神聖な場所が冒され、蒋介石が侮辱されれば、十分に警告を与える理由になるのである。しばらく見ていると、中国人観光客の不埒な行為は1回で終わらず、わずか30分ほどの間に儀仗兵は5回も銃を床に打ち付けた。
最近、台北市内の観光名所は例外なく中国人観光客であふれ返っている。市郊外の故宮博物院はルール無用の中国人観光客が大声で闊歩し、「あまりのうるささに日本人観光客が激減した」と地元の日系企業関係者はため息をつく。有名な彫刻「翠玉白菜」の展示室の前には100mを超える行列ができ、中国人以外の観光客は何時間もうんざりしながら並び続けていた。
市中心部の長春路の一角は市内で観光バスが停車できる貴重な場所だが、中国人観光客がタバコの吸い殻や食べ物、ペットボトルなどを投げ捨て、ところ構わず痰や唾を吐くことから、なんと近隣マンション価格が暴落してしまったというから驚きだ。
※SAPIO2014年7月号