事件が起きたのは、7月28日のことだった。さいたま市在住の全盲の男性Aさん(61才)は午前11時、通勤のために盲導犬・オスカー(ラブラドールレトリバー・雄8才)とともに家を出た。いつも通り、最寄りの浦和駅から電車に乗り、職場のある東川口駅で下車。そのまま歩いて職場に到着するや、同僚が悲鳴をあげた。
「オスカー、ケガしてるじゃないですか!?」
公共の場で抜け毛が散らばらないようにと着せていたシャツの右背中部分に、直径10cmほどの真っ赤な染みが広がっていたのだ。
「シャツをめくって触ってみると、ヌルっとしたんです…。あぁ、これは血だって…。気が動転しました」(Aさん)
すぐに警察に通報し、オスカーを病院に連れて行ったAさん。患部には直径5mmの大きさの穴が4つ、等間隔に並んでおり、深さ2cmに達した傷もあった。
「シャツに穴はなかったので、偶然できたものではありません。犯人は、わざわざシャツをめくって刺しているんです。アイスピックかフォークのようなものを使用したんでしょうか…。まだ断定はできませんが、駅のエスカレーターか、電車の中で刺されたのではないかと思うんです」(Aさん)
この時、オスカーを診察した『なぎの木どうぶつ病院』(埼玉県越谷市)の内田正紀院長はこう語る。
「犬の皮膚は丈夫で、われわれ獣医も治療で針を刺すことはありますが、狙いを定めて力を入れないと刺さらないんです。この傷痕を見る限り、悪意を持って相当な力で刺したものと思われます。足の神経に麻痺が残る可能性さえありました。オスカーはずっと痛みを我慢したんでしょう…」
盲導犬は、無駄吠えをしないように訓練されており、オスカーは刺されながらも、ジッと耐えたのだという。
「少しでも鳴き声があれば気づいたのですが、この子はそんな素振りも一切見せず、普段と同じように、私の側で歩いてくれたので、まったく気づかなかったんです。しかも、オスカーは前向きで優しい子なので、そんなことがあってからも、人間を嫌いになることもなく、変わらず元気でいてくれる。
少しでもシュンとなって、落ち込んでくれたら、まだ慰められるんだけど、そんな素振りも見せずに尽くしてくれる。そのことがまた、私の胸を締めつけるんです。オスカー、本当にごめんな…」(Aさん)
そう言って、Aさんは隣のオスカーのお腹をなでると、クゥンと鳴き声を上げた。今、Aさんは駅のエスカレーターに乗る際、オスカーの後ろ側に立つということを決めている。
「この子を守るためです。本当は横に立たないといけないのですが、いつ模倣犯が現れるかわかりませんからね。過剰かもしれませんが、この子はもう、私にとって息子以上の存在なので…」(Aさん)
※女性セブン2014年9月18日号