9月4日、認知症の81歳の男性がJR根岸線の線路内に立ち入り、電車にはねられ死亡した。家族がどれだけ注意をしていても、認知症患者の徘徊を100%防ぐのは難しいが、認知症の父親が徘徊し、店の商品を損壊した場合、賠償金の減額は可能なのだろうか? 弁護士の竹下正己氏が、こうした相談に対し回答する。
【相談】
認知症の父が目を離した隙に街を徘徊し、高級食器店に陳列されていたガラス製品を落とし、壊してしまったようなのです。その店から賠償金50万円が請求されています。しかし、認知症の父が悪意なくやったことであり、不可抗力でもあると思うので、賠償金の減額を申し出たいのですが、可能でしょうか。
【回答】
認知症で自分の行為による責任について判断できなくなっていれば、お父さんは責任無能力者となり、責任がありません。その代わり日常介護している家族の責任が問われる可能性があります。
民法で「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」や「監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者」は、責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うからです。この監督義務者の責任は義務を怠らなかったことや損害不可避であったことの証明ができない限り、免れない厳しいものです。
老親の認知症が現実の問題にもなっています。認知症で徘徊癖のある高齢男性が目を離した隙に外出して、鉄道の駅構内の線路に入り込み、列車と衝突して死亡したことで、電車運休などの被害を受けた鉄道会社が、遺族に損害賠償を請求した事件があります。
成年後見開始手続きはされていませんでしたが、名古屋高裁は男性の責任能力を否定し、配偶者として生活を共にしていた妻が夫の日常生活での法定監督者であると損害賠償を命じました。しかし、遠隔地に単身赴任し、近くに住む嫁が日中の介護に協力していた長男の監督責任は否定しました。
一方、家族が主張した鉄道の安全確保義務違反は否定されましたが、損害の公平な分担の観点から、高齢者のような社会的弱者も安全に利用できるよう施設及び人員の充実を図り、一層の安全の向上に努める社会的責務があるとして、賠償額は損害の半分に減額されました。ただ、認知症患者の家族にとって過酷な判決との意見もあり、最高裁の判断が待たれています。
ご質問の場合、お父さんか監督義務者としての家族かが責任追及されます。店の品物管理等に問題がなかったかなどを確認し、先ほど紹介した裁判の趣旨も踏まえて減額交渉されてはいかがでしょうか。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2014年9月19・26日号