【書評】『EAT & RUN 100マイルを走る僕の旅』
著/スコット・ジュレク、スティーヴ・フリードマン
訳/小原久典、北村ポーリン NHK出版 2160円
【評者】荻野伸也(フレンチシェフ)
ブームだったランニングも、今や現代人のライフスタイルの一部となりました。それどころか、物足りなくなったランナーたちは、100km走や24時間走などの「ウルトラマラソン」に挑んだり、いくつもの山々を越える登山レースである「トレイルランニング」(トレイルランやトレランとも呼ばれる)にどっぷりとハマっています。
私が本書を手に取るきっかけとなったのは、著者がそうした世界で驚異的な結果を残しているランナーでありながら、完全菜食主義者であることに驚いたからです。
本当に野菜だけでそれほど強靭な体が手に入るのか?
私自身トライアスロンに熱中し、前年の自分を超えることを毎年の目標として練習に励んでいますが、練習と同じくらい意識してきたのが日々の食事です。体づくりの基本はハードな練習による肉体の強化、加えて、肉を中心とする動物性たんぱく質と野菜類を必要量摂取すること、それによってより強い体ができていくと信じていました。
しかし、誰よりも速く走るということを突き詰めていくうちに、著者の生活からは動物性の食物が少しずつ排除されていき、最後には完全に菜食となり、その結果、肉食時より明らかに体が軽く、贅肉が落ちて必要な筋肉がつき、疲労や怪我からの回復が早くなり、レースでも良い結果が出るようになっていったそうです。その過程を知り、目からうろこが落ちるとともに、著者が好んで取り入れた豆腐や味噌、海苔といった日本人の食生活や知恵がいかに素晴らしく、理に適うものであるかを再発見しました。
著者は不遇な幼少時代を過ごしました。母親の病気や離婚、親友との別れといった壮絶な経験を「走る」という単純で孤独な行為をもって咀嚼し、消化し、新たな第一歩へのエネルギーとしました。
そして、菜食と研ぎ澄まされた日日の鍛錬やレースによって、自分自身を刃物でえぐるように極限まで追い込み続け、最後にそこから見えてくる“痛みを通り越した世界”に救いを求めました。
日本の武士道や仏教にも通ずるその姿には、日本人として親近感を覚えます。本当の意味で草食男子になろうかと思わせてくれる、素晴らしい一冊でした。
※女性セブン2014年10月23・30日号