朝、自宅を出る前にパソコンを開き、ネットで注文した商品が、夜、家に帰るともう届いている。この国で極限まで発達した「宅配便」のスピードは、大手三社の苛烈な競争による結果でもあった。どこよりも早く、安く、そして多くモノを届けようとするこの宅配戦争は、いま「宅配ビッグバン」と呼ばれる臨界点を迎えようとしている。ジャーナリストの横田増生氏が、その現場に潜入した。
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私がヤマト運輸の宅急便の下請け業者の軽四トラックの助手席に“横乗り”したのは、二〇一四年早春のことだった。都内の住宅地で宅急便を配達するのは、私と同年代の菊池次郎=仮名。宅急便センターの前で朝の七時過ぎに合流し、約七〇個の荷物を軽トラックに積み込んで出発した。
荷物には、アマゾンや楽天ブックス、ゾゾタウン、ケンコーコムなどのネット通販のロゴが目についた。ヤマト運輸にとって「最大手の荷主」となったアマゾンの荷物は全体の三~四割程度。
菊池が真っ先に向かったのは、センターの裏手にある七階建てのマンションだった。三五〇戸を超える戸数があるにもかかわらず、宅配ボックスの数は二〇個強と少ない。ここで荷物を配り終えたのは八時半前後で、宅配ボックスには六個入れた。
「このボックスを佐川や日本郵便に先にとられると、再配達となり手間がかかりますから」 と、菊池はホッとした表情で言った。その言葉を追いかけるように、日本郵便の軽四トラックが到着し、その直後に佐川急便の集配車がやってきた。
菊池の担当するエリアは約一キロ四方と狭い。ヤマト運輸が取り扱う荷物が多いため、ドライバー一人当たりの配送密度が濃くなっているからだ。宅配業界において、その配送密度の濃淡こそが効率の良し悪しを分けるものであり、利益率に直結する。よって、これまでシェアを取ることが最重要戦略と考えられてきた。
ヤマトに限らず宅配便のドライバーは通常、受け持ちエリアを、(1)午前中、(2)昼過ぎから夕刻まで、(3)夕刻から夜九時までの三回配達する。配送件数が一番多いのが午前中で、全体の七割前後を配り終える。ヤマト運輸の自社のセールス・ドライバーとなると、昼過ぎから夕刻にかけて、配達と並行して集荷も行う。
菊池がこの日、三回の配達で合計一〇〇個強の荷物を配り終えたのは午後九時前のことだった。一日の走行距離は五キロにも満たないが、拘束時間は一四時間近くとなった。
※SAPIO2015年1月号