「ブラック企業」という言葉が広く認知されるようになって久しい。今もメディアで頻繁に報じられている。果たしてその労働環境はどれだけ“ブラック”なのか。実態に迫るべく女性セブン記者(30代)が大手牛丼チェーンの店員として働いてみた。以下はその潜入取材リポートだ。
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編集部からの指令で、大手牛丼チェーン店のアルバイトとして働くことになった。まずは公式ホームページのアルバイト採用フォームに必要事項を記入して申し込む。ほどなくして都内のオフィスで採用担当者と面接となった。
その場であっさり採用が決まり、研修の日どりが決められた。よほど人材不足なのだろうか。そして11月某日。都内の研修センターで研修が始まった。1日当たり約4時間、3日間のスケジュールで企業理念や注文の取り方、クレームの対処の仕方などを一通り学ぶ。
説明の時間が長く、覚えるための実践はあまりない。研修は全般的に「詰め込み型」の印象を受けた。毎回、指導してくれる講師役は違い、初日の講師はこう言った。
「ハンディ(注文をとる際に使用する携帯型端末)の上達はボタンの配置とメニューを覚えることが第一。メニューはインターネットでも見ることができるので、自宅でもチェックしておいてください」
研修初日から時給1120円と交通費が支払われた。きちんとしているじゃないか、と感じる一方で、初日から「持ち帰り研修」を耳にするとは思わなかった。そして翌日、研修で何の前触れもなしに近隣の店舗に連れて行かれる。私以外にもう1名の新人がいた。
「教えたことをやってみてください」(講師)
研修2日目でまだマニュアルはほとんど覚えていない。見よう見まねで乗り切ったが、もう1人の新人は教わっていないことを客に求められてしまった。トッピングをオーダーされ、まごついてしまったのだ。
「きみ、新人? 違う人に変わってよ」
客の苛立った声。聞けば、研修の段階で辞めてしまう人も多いという。3日間の研修を終え、最初に配属されたのは都内有数の繁華街にある店舗。オフィスビルがひしめく街の一角にあり、お昼ともなればサラリーマンでごったがえす。
初日、午前11時に店舗に出勤。途中1時間の休憩を挟んで18時までの勤務だ。カウンターが約10席、テーブル席が6セットある店内にはすでに2人のクルー(アルバイト)がおり、3名の客が牛丼を食べていた。
クルーの1人で店長格の30代と思しきTさんに案内され、更衣室で着替えをすませる。マニュアルでは、異物混入を防ぐために帽子からズボンに至るまで計14か所、28往復の「コロコロローラー」での掃除が定められているがローラーが見当たらない。
「更衣室にコロコロがなかったんですが…」(記者)
「そこにあるけど誰も使ってないよ」
もう1人のクルー・Kさんが答える。こちらは少し若くて20代半ばに見えた。ここではコロコロのマニュアルは守られていないようだ。
「まずは店のどこに何があるか、勝手に覚えておいてね」(Tさん)
忙しいからだろうか、初出勤にもかかわらず先輩たちは何も教えてくれない。
12時になると近くのオフィスから一斉に客が来店し、店内はものの5分で満席となった。
「牛丼大盛りのつゆだく」
「牛皿定食 2倍盛り」
矢継ぎ早に注文が入る。
「Aさん(記者のこと)! バッシング(丼などの片づけ)を中心にできるだけ速く動いて!」
一緒にホールを担当するKさんから少しピリピリした口調で指示が飛ぶ。厨房から次々と商品が出され、両手に抱えて提供する。そして戻りがてら、客が食べ終えた丼を片づけ、小走りで厨房にトレーごと置いてレジへ急ぐ。ひたすらその繰り返しだ。マニュアルに、移動は「小走りで毎秒2歩」と細かく定められているため、歩くことなどできない。
約2時間、店内をめまぐるしく駆け回り、「いらっしゃいませ!」「ありがとうございました!」と大きな声を出し続けていると、のどが渇く。しかし、店の混雑ぶりから片時たりとも立ち止まることは許されず、水分補給はおろか、トイレに行く余裕すらない。まさに戦場のような職場だ。
※女性セブン2014年12月25日・2015年1月1日号