【話題の著者に訊きました!】
『鳩の撃退法』(上・下巻)/佐藤正午さん/小学館/各1998円
昨年2月28日、小説家・津田伸一がたまたま言葉を交わした男とその家族が忽然と姿を消した一夜と、1年2か月後、古書店の店主が津田に遺した3403万円の現金に含まれた偽札を巡る物語。そして一家失踪事件にもかかわる裏社会の“あのひと”の影が津田に迫り…。角田光代さん、江國香織さんも大絶賛の、新たなる最高傑作。
日常風景から小説は始まる。風邪をひいた妻に代わって夫が娘に朝ごはんを食べさせ幼稚園に送る。妻のために雑炊をつくる。
穏やかな流れがふいに断ち切られるのは一章の終わり。第二子の妊娠を告げた妻に、父親は誰なのか教えてくれと、夫は厳しく迫る。
「いいか、ことばを選ぶな。言い逃れできるとは思うな」
夫婦のあいだに何があったのか。妻は何を隠し、夫はなぜ妻の秘密を知ったのか―。著者5年ぶりの長編は冒頭から謎をはらみ、読書の楽しみを存分に味わわせてくれる。
「ここまで読むと、先が気になるでしょう? 面白そうだなってぼく自身、思いましたから。書いても書いても飽きることがなかった。3年間も、1つの作品だけにかかわるなんて、よくやれたと思います」
主人公の津田は、過去の佐藤作品(『5』)にも登場する小説家。いまは地方都市で、デリヘル「女優倶楽部」の運転手をしている。冒頭の一家3人が失踪する直前に夫と会っており、事件のことを小説に書こうとする。知人が遺したバッグに保管されていた偽札を知らずに使ってトラブルに巻き込まれた津田は、いつのまにか自分が書く小説の重要な登場人物になっていく。
「ラストシーンの大まかなイメージがまずあって、そこへ向けて考え考え書いていきました。語り手として小説家を登場させるのは初めから考えていたことです。津田とぼく? ぜんぜん似てないです。あんなに人とうまくやれないし、人にも会わないし」
本をめぐる小説でもある。一冊の本が人と人の間をつなぎ、小説に埋め込まれた秘密を暗示するような「ピーターパン」の引用が読者の興味をかきたてる。
「『ピーターパン』から始まったんじゃないかと自分で錯覚するぐらいぴったりハマっていますが、違うんです。始まりは『鶴の恩返し』です」
とつぜん別の話が出てきて面くらうが、たしかに痕跡はのこっているので、読む人には作家の想像力のとほうもなさを実感してほしい。
インタビューは、長崎県佐世保市の、佐藤さんがよく行く喫茶店で。「20年近く、この街からほとんど出ていない」と聞いてまた驚く。途中で舞台は佐世保に似た土地から東京・中野に移るが、現地には行かずにリアルな街並みを描写しきった。
「なぜ佐世保から出ないのか? 編集者と相談して、戦略的にそうしているんですよ。本当です。出ない作家って珍しいから、それがいいんじゃないか、って」
飄々と取材者を煙に巻くその口ぶりが、おかしみをたたえた主人公の語りに少し似ていた。
(取材・文/佐久間文子)
※女性セブン2014年12月25日・2015年1月1日号