韓流映画やK-POPが定着したいまも、韓流小説の存在は意外と日本で知られていない。いざ目を向けて見ると仰天、韓流小説では「反日」が一大ジャンルと化していた。 在韓ジャーナリストの藤原修平氏が、ベストセラー『安重根、アベを撃つ』を紹介する。
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10月26日午前9時。中国・ハルビン駅1番線ホームで、日本の安培首相が北京発の高速列車を降りた直後に至近距離から狙撃された。首相は重傷を負ったが、幸いにして命を取り留めた。犯人は安重根。1909年の同じ日に伊藤博文を暗殺した、まさにその場所だった──。
今夏、韓国でベストセラーになった小説『安重根、アベを撃つ』のワンシーンだ。
安培首相という架空の人物を狙撃する設定である以上、「日本政府を侮辱しているわけではない」とでも言いたいのだろうが、表紙には、右手に拳銃を手にした安重根と安倍晋三首相にしか見えない人物が描かれている。いま韓国の書店ではどこに行ってもこの本がずらりと平積みされている状態なのだ。
安重根は伊藤博文暗殺の15の動機を挙げていたが、『アベを撃つ』にもやはり15の動機が列記されていた。その内容は、竹島(独島)領有権、歴史歪曲、慰安婦問題、集団的自衛権、日本の右傾化など。2014年現在、韓国側で取り沙汰されている日韓関係の懸案事項がずらりと並ぶ。この小説は「安倍首相を狙い撃ちにしたい」という韓国人の本心を代弁したものではないか。
狙撃直後の安重根は「大韓民国万歳、東洋平和万歳、世界平和万歳」と叫んで逮捕される。一方、撃たれた安培首相は「腹の中の……銃弾を、抜き出して……、頼む……」と実に痛々しい。
裁判の結果、安重根には無期懲役の判決が下された。本来は有期懲役刑が妥当だが、世界平和のために狙撃を決行したこと、また、有期懲役では出所後に身の危険があることなどを踏まえ、「犯人の身を保護する」観点から無期懲役に処せられたのだという。
2012年の夏、筆者は、1980年代に日本でもベストセラーとなった『「縮み」志向の日本人』の著者であり、盧泰愚政権下で文化部長官も歴任した李御寧氏の話を聞く機会があった。当時は李明博大統領が竹島への上陸を果たす前であったが、日本での嫌韓本について話が及ぶと、彼は、
「韓国では反日を謳った本などない」と言い切った。
「反日という言葉を使うことは品性の無さの証しであり、それを利用して売上部数を増やすようなことは、韓国の出版界ではありえない」のだと。
確かに彼の言うとおり、タイトルに堂々と「反日」を掲げた書籍や雑誌は見つけることができなかった。反日小説という言葉も同様だ。だが、巷にもネット上にも、「反日」としか解釈できない書籍が溢れている。
先に紹介した小説でも、「反日」という言葉自体は本文にも見当たらないが、内容は露骨なまでの反日だ。
※SAPIO2015年1月号