2012年から始まったプロ棋士とコンピュータ将棋ソフトの棋戦、電王戦。2014年の第三回大会では、1勝4敗でプロ棋士がコンピュータ将棋に敗れ、2年連続で人間側が惨敗した。コンピュータ将棋の進化は将棋をどう変えるか。羽生善治4冠に、ルポライターの高川武将氏が聞いた。
──将棋に今、大きな転換点が訪れています。コンピュータ将棋の進化です。
「この2、3年で一番大きな変化ですね。コンピュータが強くなるのはわかっていたことですが、今、実際に様々な影響を起こし始めている。伝統的な世界でコンピュータとどう対峙していくかが問われているのは、非常に特殊な状況だと思います」
──昨年の電王戦で出た人間には違和感があって指せない斬新な手がその後、棋士に流行したり、計算力だけでなく創造性や独創性も発揮し始め、人間が学び始めている。
「なぜその手を指したのか、コンピュータの思考プロセスまではわからない。1秒間に百万手も読める莫大な計算力のあるコンピュータと同じ思考を、人間が持つことはできません。でも今後、一手一手を研究する中で、その過程が少しわかるようになるかも知れない。
それは逆に、死角や盲点と言われる手をなぜ思いつかなかったのか、人間の思考プロセスが鮮明にされることにもなる。思考の幅やアイディアが広がり、将棋の可能性を指し示すことになるでしょう」
──より将棋を深められると。いいことばかりですか。
「いや、どうしても相容れられない部分もあると思います。人間の思考の一番の特長は、読みの省略です。無駄と思われる膨大な手を感覚的に捨てることで、短時間に最善手を見出していく。その中で死角や盲点が生まれるのは、人間が培ってきた美的センスに合わないからですが、コンピュータ的思考を取り入れていくと、その美意識が崩れていくことになる。それが本当にいいことなのかどうか。全く間違った方向に導かれてしまう危険性も孕んでいます」
──長い年月をかけて醸成されてきた日本人の美意識が問われている。
「変わっていくと思います。今まではこの形が綺麗だとか歪だと思われていた感覚が、変わっていく……」
少しぞっとする話だが、羽生はどこか「ワクワク感」にも満ちていて、コンピュータという巨大な黒船の来航を楽しんでいるかのようだ。
●撮影/太田真三
※SAPIO2015年4月号