1月22日午前。北京近郊の八宝山革命公墓。張万年・元中央軍事委員会副主席の告別式。
「同志。誠に恐縮ですが、われわれとご同行願えませんか」
黒っぽい地味な背広に赤いネクタイをし、黒いコートに身を包んだ数人の男が“標的”を見つけたのか、足早に動いた。男たちは告別式を終えて会場から出てきた、軍服姿の160cmくらいの小柄な男の行く手を阻むように、ぐるりと取り囲んだ。
「君たちは?」。軍服姿の初老の男は、一団のリーダーらしい中年男を威圧するように、しっかりとした口調で尋ねた。
「党中央規律検査委の者です。うかがいたいことがございます」
二人の男が軍人の両脇を抱えるように素早く腕をつかみ、有無を言わさぬように近くに止めてあった黒塗りの高級車に連れ込むと、車はすぐに動き出した──。
この初老の軍人は江沢民元国家主席の秘書を30年以上も務めた賈廷安・軍総政治部副主任。この一瞬の出来事は告別式の参列者だった習近平国家主席や他の党政治局常務委員らが見守る中、実行されたことからも、習近平ら中央指導部の差し金だったことは疑いない。それだけに、中南海には「いよいよ頂上血戦間近」と強い衝撃が走った。
このニュースは中国特有の「小道消息(クチコミ)」で北京市民らにも瞬く間に広まった。北京のジャーナリストによると、「賈廷安、拘束。江沢民が標的。習近平と江沢民の全面対決近し」との観測情報も流れ、北京の街角や胡同(横町)などでは庶民らが顔を寄せ合いながら、ひそひそ話をする光景が見られた。
賈氏と言えば、「江沢民の分身」「江沢民の影」などと形容されるように、30年以上も江氏に寄り添ってきた腹心中の腹心。階級は上将で、軍トップ34人のなかに入る最高幹部の1人だ。
まさに「江沢民の分身」と称されるほどの賈氏が党員の不正を追及する党中央規律検査委に身柄を拘束されたのだから、「『その衝撃が中国全土を揺り動かした』といっても過言ではない。中国では昨年1年間で696人もの幹部が腐敗問題で落馬(失脚)しているが、習近平主席による反腐敗運動もいよいよ佳境を迎え、江沢民閥の本陣に迫っている」と前出のジャーナリストは指摘する。
●取材・文/相馬勝(ジャーナリスト)
※SAPIO2015年4月号