雷撃20本、爆弾17発、至近弾20発以上、銃弾無数──猛攻撃を受けて1944年10月、フィリピン・シブヤン海に轟沈した旧帝国海軍の戦艦「武蔵」はこれまで船影が発見されず、「幻の沈没船」と呼ばれてきた。
ところが、マイクロソフト共同創業者で資産家のポール・アレン氏が率いる調査チームが3月2日、水深約1000メートル地点で残骸を見つけたとする映像を発表し、日本中の話題をさらっている。
そんな中、アレン氏のチームより先に武蔵を“発見”していたと主張する別の団体も現われた。今年1月、日本の発掘調査会社などを中心に極秘裏に立ち上げられたという「戦艦武蔵発見プロジェクト実行委員会」メンバーがこう話す。
「10数年前、米シアトルにある音波探知機などの開発会社のアメリカ人オーナーが、フィリピン・レイテ島出身の妻と探索に乗り出し、9年前、シブヤン海の海底に『200メートルを超える鉄製の船影』があることを確認した。
だが、1000メートルを超える深海の映像撮影や現場探索には遠隔操作無人探査機などの最新機材が必要で、そのスポンサーを探していて、金額面で折り合わずに今まで公表が見送られてきた。
今回、やっとそのメドがついたので、オーナーの協力の元で日本人の有志で実行委員会を立ち上げた。4月に在京キー局と連携し水中撮影する予定でいた矢先に、突然アレン氏の発表があった」
実行委員会が撮影するつもりでいた船影の沈没地点は、アレン氏が武蔵を発見したという場所と水深が少し違うだけでほぼ同じだというが、実際に潜ってみなければわからないのが本当のところ。
ただし最初に発見したからといって、発見者の所有物になるわけではない。そもそも沈没地点はフィリピンの領海内だったため、フィリピン国内法により史跡として扱われ、勝手に引き上げることはできない。すでにフィリピン国立博物館は船体や沈没地点の保全を行なうと発表している。
だが、誰が“第一発見者”かという名誉は別問題。
「実行委員会は戦後70周年の戦没者慰霊の象徴とする目的で、日本人スタッフの手で戦艦『武蔵』を“発見”すべきだと考えて長い間、準備してきた。4月の撮影も敢行し、終戦記念日の8月15日に合わせ、ドキュメント番組を作成する予定は変わらない」(同前)
この実行委員会に加わっているとされる都内の発掘調査会社を直撃すると、「プロジェクトは事実ですが、進行中なので詳細はお話しできません」と答えた。どちらが最初でも、70年の時を超えて武蔵の雄姿を拝み船内に眠る戦没者を慰霊できるのであれば構わないのだが。
※週刊ポスト2015年3月27日号