子供の頃に思い描いていた夢を覚えているだろうか。たとえ思い出せたとしてもそれは「小さい頃のことだから」と、一笑に付してしまうような夢物語かもしれない。
しかし、3月15日に行なわれた全日本競歩能美大会で男子20キロ競歩の世界記録(1時間16分36秒)を樹立した鈴木雄介(27/富士通)は子供の頃の夢を愚直に守り続けた。
「中学1年のときに夢は、『世界一になること』と決めていました。高橋尚子さんがシドニー五輪の女子マラソンで金メダルを獲ったシーンを当時見て、自分もああなりたいなと。とりあえず世界一なら何でもよかったんですよ(笑い)。ノーベル賞を獲ったとして世界一かっていうと分からないけど、スポーツはその大会で1位になればいい。物差しがはっきりしていて、明快だと思ったんです」
練習の合間となったインタビュー。着席しても背筋はピンと伸びたまま、柔らかい笑顔で話す。
鈴木の出身地、石川県は競歩の盛んな土地柄で、なかでも彼の故郷・能美市は、全日本競歩大会が開催される聖地である。自宅近くに陸上競技場があり、競歩という種目はとても身近な存在だったという。競歩というと、長距離でレギュラーになれなかった選手や、故障をきっかけに転向する選手が多いが鈴木の場合は長距離の有力選手ながら進んで競歩を選んだ。
「中学2年のときに地区大会で長距離と競歩で出場した結果、競歩だけ県大会まで進みました。その大会で成績が良かったら格好いいと思っていたTシャツをくれるとコーチがいうので2か月間必死で練習したら、3位に入った。それが競歩に絞ったきっかけです。でも、競歩のほうが長距離より練習をサボりやすいと思ったのも本当は大きかったですね(笑い)」
【プロフィール】すずき・ゆうすけ/1988年1月2日生まれ。石川県出身。辰口中2年時に本格的に競歩を始め、小松高3年時にインターハイの5000メートル競歩で優勝。順天堂大学を経て、2010年に富士通入社。20キロ競歩では2011年テグ世界陸上で8位入賞、2012年ロンドン五輪36位。3月15日に行なわれた全日本競歩能美大会で1時間16分36秒の世界新記録を樹立した。170センチ、57キロ。
■取材・文/酒井政人 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2015年5月1日号