神奈川県川崎市の火災事故で注目された、日雇い労働者たちの宿「簡易宿泊所」。
最近では生活保護受給者が長期間住むことも多いという。身分証は不要で、値段は1000~2000円程度と格安だ。その分、壁は薄く、トイレ・シャワーは共同。一体どんな“ホテル”なのか。簡易宿泊所が密集し、日本最大規模といわれる大阪・西成に本誌ベテラン記者(67才)が、日雇い労働者に交じって潜入した。
日本最大の日雇い労働者の街・あいりん地区。大阪・西成区北東の800平方メートルほどの広さに多くの労働者が暮らしている。
5月下旬の平日夕方、簡易宿泊所に泊まるため、この街を訪れた。大通りには、簡易宿泊所や居酒屋が立ち並ぶ。仕事帰りだろう、作業着姿の男性ばかりだ。彼らは居酒屋の外で、ビールケースを椅子にホッピーや発泡酒をあおっていた。
大通りを進むと、音を立ててオナラをしながら、車道を闊歩するおっちゃんとすれ違った。居酒屋からはカラオケの歌声が漏れ聞こえてきた。森進一の『おふくろさん』だろう。
早速、今日の宿を探す。宿の看板を見てみると、値段は1泊1000~2000円。「生活保護大歓迎」の看板も目立つ。地元の不動産会社に聞くと、最近は生活保護受給者の家賃補助目当ての宿が多いという。
いちばん安い宿はどこかとキョロキョロしながら歩いていたら、「1泊800円」の看板を発見した。築50年は経っていそうな古い4階建てだ。フロントで「泊まれますか?」と聞いてみたが、「今は月極しかやってない」と断られた。残念なようなホッとしたような…。
その後も何軒かに断られた後、ようやく1泊でも泊まれる簡易宿泊所を見つけた。
食事なし、トイレ・シャワー共同で1800円。フロントの男性から部屋とシャワー室の鍵がついた、ゴム製の腕輪を渡された。銭湯のロッカーのキーそっくりだ。受付で聞かれたのは姓だけで、身分証の提示はなし。偽名を使ってもバレないに違いない。
スリッパに履き替え、靴をビニール袋に入れてエレベーターで5階へ上がった。幅90cmほどしかない廊下の両側に小さなドアが並ぶ。そのひとつのドアを開けて部屋に入ると、その狭さに驚いた。
床はフローリングで幅150cm、奥行き2m50cm、だいたい2畳ほどだろうか。部屋にあるのは、冷蔵庫と机、布団、そして小型テレビと扇風機のみ。
夏場だったら汗だくになっているだろう。布団を敷くと、部屋の空いたスペースはほとんどなくなった。ここ数年でリフォームしたのか、想像より汚くはなかった。
ただ、階ごとの共同のトイレはお世辞にもきれいとはいえなかった。いつから修理していないのか、床も便器もあちこちひび割れていた。鼻につくにおいがきつかった。
部屋に戻るとお腹が鳴ったので、午後6時すぎ、夕食に出かけた。
宿泊所に戻ったのは夜9時頃。壁が薄いため、備えつけのイヤホンでテレビを見る。しばらくして、寝る前に用を足しておこうとトイレに行く。すると洗面台の前で60代とおぼしきおっちゃんが、パンツ1丁で体を拭っていた。そういえば、シャワーなしの宿泊タイプがあったのを思い出した。
夜11時過ぎ、隣の部屋から薄い壁越しにひとり言が聞こえてきた。ブツブツ低い声で何を言っているかわからない。壁に耳をあててみると、関西弁で途絶えることなく何かをつぶやき続けていた。なんとも不気味だった。ようやく30分ほどでなくなると、今度は反対側の部屋の宿泊者が激しいいびきをかき始めた。これではとても寝られない…。
寝つけないまま悶々としていると、向かいの部屋のドアがあき、出て行く音が聞こえた。時計を見ると朝3時半。その後、何人か続けて部屋を出ていく音が聞こえた。
後でフロントから聞いた話では、みんな仕事を探しに出かけるのだという。
「日雇い仕事は、職安付近で労働者と下請けが直接交渉して、マイクロバスに乗せて現場に行くんや。真面目な人は朝の2時から仕事を探しに行っとるで」
朝8時、宿を出た。大通りには仕事にあぶれたであろう人々が大勢たむろしていた。当方は寝不足で朝から頭も体もくたくた。自分には簡易宿泊所生活は、とても無理…そう悟ったお泊まり体験だった。
※女性セブン2015年6月18日号