巨人を率いて通算12年に及ぶ原辰徳監督だが、今季限りで契約切れを迎える。早くも球団内外では、次期監督の名前が取り沙汰されている。松井秀喜氏や横浜の中畑清監督、中日の落合博満GMの名前も挙がっている。
ポスト原となれば、前出の3人に匹敵するビッグネームの人選が求められる。他に名前が挙がるのが桑田真澄氏だ。
引退後の桑田氏は理論派指導者として東大の特別コーチに就任。大きな故障を乗り越えて復活した経験や、メジャーでも投げたという実績は指導者として役に立つだろう。しかも近年、巨人の監督を経験した投手出身者は藤田元司氏、堀内恒夫氏と全員が背番号18番。この符合も意味深だ。
そしてエースといえば、もう1人の大物にも光が当たりつつある。“万年候補”といわれながら、入閣すらなかった江川卓氏だ。
江川氏は以前、ユニフォームに大きく近づいたことがあった。「清武の乱」が起きた2011年のことだ。
「清武の乱」とは2011年11月、巨人の球団代表兼GMだった清武英利氏が「読売巨人軍のコンプライアンス上の重大な件」とする記者会見を開き、渡辺恒雄会長(当時)にコーチ人事を鶴の一声で覆されたなどと批判。ヘッドコーチには岡崎郁氏の留任が内定していたが、これを渡辺会長に反故にされ、江川卓氏をヘッドコーチに招聘すると聞かされた、という主張だった。巨人側はこの会見の直後に清武氏を解任した。スポーツジャーナリストが語る。
「この時、江川氏が原監督の下でヘッドコーチとして入閣し、その後の監督としての道を作る話があった。これは渡辺最高顧問の盟友である、氏家齊一郎・元日本テレビ会長の意向があったといわれる。
氏家氏は2011年3月に亡くなるが、その直前に渡辺最高顧問と会食した際、『江川を何とかしてやってくれ』という遺言めいた言葉を託したとされている。義理堅い渡辺最高顧問は、その言葉がまだ脳裏にあるはず」
巨人OBはどう考えているのか。広岡達朗氏は、今年の4月に急遽監督代行を務めた川相昌弘ヘッドコーチの手腕を評価する。
「原よりも川相の方が何倍も監督らしかった。どっしりと構えて、原のようにわけのわからない用兵をすることがなかった。監督のやり方や説明について、選手はなるほどと思えなければ信頼しませんよ」(同前)
代行監督としての成績は4勝1敗。開幕から調子の上がらなかった巨人の借金を返済して5割復帰を果たし、わずか5試合で川相カラーを見せつけた。彼も立派なポスト原候補といえるだろう。
※週刊ポスト2015年6月26日号