政治家が軽くなった。その言葉も軽くなった。安倍晋三・首相ら政権中枢による国会論戦を聞くにつけ、その思いは強まるばかりだ。昭和の時代、その言葉と存在感で国民を興奮させ、日本の将来への期待感を高めた伝説の宰相がいた。「政治とは国民生活の片隅にある」と語る田中角栄の言葉は、没後20余年を過ぎた平成の日本人にも強く響く。
ロッキード事件で懲役4年の一審判決(1983年)を受けた角栄は、「不退転の決意」と即日控訴し、3か月後の総選挙に臨んだ。いわゆる「ロッキード選挙」である。自民党は国民の批判を浴びて大敗したが、当の田中は地盤の旧新潟3区(中選挙区)で過去最高の22万票を集めてトップ当選した。それを支えたのが最強と謳われた後援会組織「越山会」だ。
「歩いた家の数、手を握った人の数しか票は出ない」という信念を持つ角栄は、雪深い新潟で支持者を1軒1軒回る徹底したドブ板選挙を展開し、強力な後援会組織を作り上げていた。
現在の政治家は、ドブ板をバカにし、駅前に立って有権者に上から目線で政策を語ることを選挙運動と思い込む。「オレは○年間、毎日街頭演説を欠かさなかった」と誇る者が多い。
だが、角栄流のドブ板選挙の本質は、ひたすら頭を下げて投票を頼むことではない。車座で有権者と目の高さを合わせ、何に困っているか、不便を感じているか、その声に虚心坦懐に耳を傾け、政治に反映させた。「政治とは国民の生活そのものである」──という姿勢を貫いたからこそ、逮捕されても支持を失わなかった。
撮影■山本皓一(報道写真家):1943年、生まれ。2004年、講談社出版文化賞写真賞を受賞。主な著書に『日本人が行けない「日本領土」』(小学館)など。山本氏の秘蔵写真で角栄の人生を辿る『人を引きよせる天才 田中角栄』(笠倉出版社)が発売中。
※週刊ポスト2015年7月10日号