国内

93歳夫が83歳妻殺害 究極の夫婦愛と老老介護を記した判決文

 病に蝕まれ、生きる気力をなくした妻。介護の負担を一身に背負い込む夫。疲れ果てた高齢の夫婦。夫は妻の苦しみを取り除くため、彼女の首を絞めた──。

 老老介護の果てに、日本中でこんな悲劇が繰り返されている。7月8日、千葉地裁で下された判決は、この国のすべての夫婦に「真実の愛」の形を突きつけた。

〈被告人が被害者を早期に苦しみから解放することを最優先に犯行に及んだことを強く非難することはできない。むしろ、60年以上連れ添った妻を自ら手に掛けることを決断せざるを得なかった被告人の苦悩を考えれば、同情を禁じ得ない〉

 裁判官がゆっくりと穏やかに語りかけた相手は宮本浩二・被告(仮名・93歳)。問われた罪名は、当時83歳の妻に対する「嘱託殺人未遂(妻の死亡後、嘱託殺人に訴因変更)」だった。裁判を傍聴した全国紙記者が話す。

「ここまで被告人の心情に寄り添った判決を耳にしたのは初めてです。断罪する箇所はなく、判決文から浮き彫りになったのは“究極の夫婦愛”と老老介護の壮絶な現実でした」

 裁判官が〈被告人の刑事責任に見合う刑罰として実刑が相応しいとはいえない〉と前置きして言い渡した判決は、「懲役3年、執行猶予5年」だった。その瞬間、傍聴席から嗚咽(おえつ)が洩れたという。

 事件が起きたのは昨年11月2日だった。千葉県茂原市の自宅で、宮本被告は妻の首にネクタイを巻き付けて殺害を決意。犯行後、「妻を殺した。病気で苦しんでいてかわいそうだった」と自ら110番通報した。

 心肺停止状態だった妻は病院に搬送されたが、翌月死亡した。再び判決文から引用する。

〈被害者(妻)は、昼夜を問わずに足腰の痛みに苦しんでおり、睡眠もままならず、日常生活を送ることにも多大な困難を伴う状況であった(中略)苦しみに耐えかねた被害者から殺してほしいと懇願され、被害者を苦しみから解放するためにはその求めに応じる以外に方法がないものと考えた〉

 公判では、2013年秋頃から妻の足腰が急激に衰えたことが明らかにされた。昨年10月には転倒して腰を骨折。自力歩行が困難となり、痛み止めの薬も効かず、「痛みで眠れない」「もう死んでも構わない」と訴えるようになった。

 そんな妻を見て、宮本被告は「妻はなんでこんなに苦しむんだ!」と苦悶に満ちた声で叫んだことがあったと、弁護側証人として出廷した長女は証言している。

〈当時92歳と超高齢の被告人が、軽度の認知症を抱えながらも、自宅において被害者とほぼ2人きりの閉ざされた環境で眠る間もなく献身的に介護を続ける中で、次第に疲弊し、追い詰められた〉(判決文より)

 老老介護の“泥沼”にはまっていく被告の姿が映し出されていた。

※週刊ポスト2015年9月4日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

紅白初出場のNumber_i
Number_iが紅白出場「去年は見る側だったので」記者会見で見せた笑顔 “経験者”として現場を盛り上げる
女性セブン
ストリップ界において老舗
【天満ストリップ摘発】「踊り子のことを大事にしてくれた」劇場で踊っていたストリッパーが語る評判 常連客は「大阪万博前のイジメじゃないか」
NEWSポストセブン
大村崑氏
九州場所を連日観戦の93歳・大村崑さん「溜席のSNS注目度」「女性客の多さ」に驚きを告白 盛り上がる館内の“若貴ブーム”の頃との違いを分析
NEWSポストセブン
弔問を終え、三笠宮邸をあとにされる美智子さま(2024年11月)
《上皇さまと約束の地へ》美智子さま、寝たきり危機から奇跡の再起 胸中にあるのは38年前に成し遂げられなかった「韓国訪問」へのお気持ちか
女性セブン
佐々木朗希のメジャー挑戦を球界OBはどう見るか(時事通信フォト)
《これでいいのか?》佐々木朗希のメジャー挑戦「モヤモヤが残る」「いないほうがチームにプラス」「腰掛けの見本」…球界OBたちの手厳しい本音
週刊ポスト
野外で下着や胸を露出させる動画を投稿している女性(Xより)
《おっpいを出しちゃう女子大生現る》女性インフルエンサーの相次ぐ下着などの露出投稿、意外と難しい“公然わいせつ”の落とし穴
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告。父・修被告が洗面所で目の当たりにしたものとは
《東リベを何度も見て大泣き》田村瑠奈被告が「一番好きだったアニメキャラ」を父・田村修被告がいきなり説明、その意図は【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
結婚を発表した高畑充希 と岡田将生
岡田将生&高畑充希の“猛烈スピード婚”の裏側 松坂桃李&戸田恵梨香を見て結婚願望が強くなった岡田「相手は仕事を理解してくれる同業者がいい」
女性セブン
電撃退団が大きな話題を呼んだ畠山氏。再びSNSで大きな話題に(時事通信社)
《大量の本人グッズをメルカリ出品疑惑》ヤクルト電撃退団の畠山和洋氏に「真相」を直撃「出てますよね、僕じゃないです」なかには中村悠平や内川聖一のサイン入りバットも…
NEWSポストセブン
注目集まる愛子さま着用のブローチ(時事通信フォト)
《愛子さま着用のブローチが完売》ミキモトのジュエリーに宿る「上皇后さまから受け継いだ伝統」
週刊ポスト
連日大盛況の九州場所。土俵周りで花を添える観客にも注目が(写真・JMPA)
九州場所「溜席の着物美人」とともに15日間皆勤の「ワンピース女性」 本人が明かす力士の浴衣地で洋服をつくる理由「同じものは一場所で二度着ることはない」
NEWSポストセブン
イギリス人女性はめげずにキャンペーンを続けている(SNSより)
《100人以上の大学生と寝た》「タダで行為できます」過激投稿のイギリス人女性(25)、今度はフィジーに入国するも強制送還へ 同国・副首相が声明を出す事態に発展
NEWSポストセブン